2010年01月15日

閉店

 昨年2月末に駅前にオープンしたショッピングセンターの一階に入っ

ていた生鮮売り場が今日をもって閉店した。

 そもそもそのお店の前には20年近く前からスーパーマーケットがあ

る。

 特色を出した品揃えならばお向かい同士でも共存できたのに、あろう

ことか、特色どころか商品の質もいまひとつパッとせず、売り場面積も

さほど広くなく、どの時間帯に行っても人はまばらだった。

これは撤退は時間の問題と思ったのが昨年3月。つまり開店と同時にそ

う予感させるものが漂っていたいわけ。

 残念と言うよりもそもそものコンセプトが見えない。

 私ならば、ユニ○ロとかジーンズショップなどにテナントに入っても

らうようにしたいけれど・・・。私のような素人ですら思いつくくらい

だから、既に断られていたかもしれない。それだけ駅前に魅力がないっ

てことなん?

 最上階にはシネマコンプレックスが入っているが、これも、平日は閑

散としている。
 
 土日は十代の若者も集まるらしい。ならば平日は60歳以上の人たち

をターゲットに50年から40年ほど前の作品を二本立てで(昔は映画

二本立てで見られたのだから)上映してみるとか・・・。

 それでも、地方都市では起死回生は難しいかもしれない。
posted by ほたる at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

テレビと肖像権

 先日、ドキュメンタリーの番組を見ていて、病院の映像で気になった

ところがあった。

 患者の顔にモザイクがかかっている人とかかっていない人がいた。患

者本人が意思表示できる状態の人はモザイクがかかっていて、むしろ意

識がはっきりしていない人はモザイクがかかっていなかった。

 意識のある方については、おそらく本人の希望を聞いてみたら、「テ

レビに出たくない」と言ったのでモザイクがかかっていたのだろうと思

われる。

 一方、意識のはっきりしていない方は確認の取りようがなかったか

ら、モザイクをかけなかったのか?家族は顔が出ることを同意したので

モザイクをかけなかったのか?いろいろ考えられる。

 どちらの方にしてもまず、写す時に「映されたくないですか?」と聞

く場合、放送されるときは顔が出るのが前提での質問になってしまう。

 むしろ、これからは「テレビにお顔を出したいですか?」と確認を取

るようにしてはどうかしらん?つまりテレビで流すときは【モザイクを

かけるのが当たり前】としてしまうわけ。

 「是非とも顔を出したい」という積極的な人だけモザイクをかけずに

そのままの映像を流し、ためらったりNoと言う意見の人はモザイクを

かけるようにすれば話は簡単。

 これまで逆の聞きかたをするのでこういうあいまいな事例が出て来て

しまっているのではないかと、思う新年でした。
posted by ほたる at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近の報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月24日

電話

 10日ほど前の深夜1時半、突然の電話で起こされた。急いで電話に

出ると「Hello」と女性の声。眠気がいっぺんに吹き飛んだ。とり

あえず「Hello」と答えたものの頭の中では次の問いかけを想定し

てこれとあれとといくつかの答えを用意したけれど、あちらは再度「H

ello」と言うだけ。どなた?と英語で問うと切れてしまった。

 間違い電話かと思っていたら数日後の夜9時にまたかかってきた。出

たのは同居人。やっぱり「Hello」と答えていたがすぐに切れた。

 ただ同居人が感じたところでは、英語が母語ではなさそうと・・・。

それにしてもおそらく、誰かに教えられた電話番号が間違っていて、我

が家にかかっているのだろうというところで話が落ち着いた。

 すると、おとといの夜、9時半頃から10時にかけての30分の間に

同様の電話が5回もかかった。

 さすがに2回目あたりから、これはいたずら電話かもしれないと思わ

ざるを得なくなった。ところが不思議と腹立たしい気持ちは起きない。

むしろ日本語を習得できず、周囲に話し相手も少なく、何か事情のある

外国の人が心寂しくて電話をかけているのかもしれない。ならば話し相

手(つたない英語なので不十分な会話しかできないけれど)になろうか

と、次の電話のときはお元気ですか?くらいから会話をスタートさせよ

うかと構えていたら、電話にでるなり切れてしまった。

 今夜はクリスマスイヴ。もしかしたらまたかかってくるかもしれな

い。

posted by ほたる at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月22日

人権で世界を変える30の方法

 偏って本を読む悪い癖がでてしまって、借りてきた本。

 それでも新しいことに出会えて嬉しい気持ちになった。

 1948年12月10日に国連総会で加盟58カ国中48カ国の賛成

で採択された「世界人権宣言」誕生秘話なるものが紹介されていた。4

8カ国とはいえ反対票を投じた国はなかったから、実質趣旨には全加盟

国の賛成が総意と捉えてもあながちずれてはいないと思っている。

 その世界人権宣言の起草作業を担った国連人権委員会。

 その委員会の委員長にアメリカ32代大統領フランクリン・ルーズベ

ルト(彼は国連創設を第二次世界大戦中に唱え、終戦前の1945年2

月に病死している)の妻エリノア・ルーズベルトがすわった。

 既に故人とはいえかつては大統領の妻、しかも学者でも弁護士のよう

な専門家でもない彼女がなぜ国連に関わったのか。当時のトルーマン大

統領が彼女のアメリカ国内での人気を恐れて国内に留めておきたくなか

った。国連という外交の場で動いてもらえれば、トルーマンにとっては

「我が身安泰」という思惑があったためにエリノアは国連に関わること

になる。な〜〜んだと思わないでもないが結果としてそれが幸いした。

 彼女自身、女性として差別を受けた体験から人権の必要性を感じてい

たので国連で人権委員会の関わるのに戸惑いはない。

 さらに、私たちにとっても〈たなぼた〉だったのは、他の人権委員会

の委員たちも「学者や専門家よりもごく普通の人たちの感覚を理解し、

女性としての差別を深く感じている当事者が適任だと判断されたため彼

女を委員長の椅子に座らせた。

 これが幸いして世界人権宣言は社会変動にも変更される必要のないほ

どに人権を網羅している。

 資本主義国が主張する「自由権のみが人権だ」という声だけでなく社

会主義国が主張する「社会権も人権に含めるべきだ」という意見をも彼

女は深く共感し、世界人権宣言の22条から26条に取り入れた。

 日本国憲法の草案に20歳の女性ベアテ・シロタ・ゴードンがカミン

グアウトしたときも驚いた。彼女は、日本の女性が同じ女性でありなが

ら底辺に置かれていたことに心を痛め、女性の人権保障を憲法に盛り込

もうとして奔走した。

 エリノアの動きにもこれに通じる。

 アメリカ女性は弱者の立場に立たされた人たちへの共感から行動へ移

すチャンスを捉え、権力に阿ることなく権威に酔うことなく仕事を果た

す人たちが多い。

 私のノートにはエリノアが加わった。
 
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2009年12月20日

ヌエック

 先月行われた政府による事業仕分けで、ヌエックこと国立女性教育会

館も仕分けの対象に上がっていて、ヌエックの神田理事長が仕分けの委

員たちの矢継ぎ早な質問にいらだちながら対応していた。ニュース番組

では、苛立った理事長が「私の話も聞いてください」と言うとその言葉

には一切対応せず次に質問を繰り出す委員のシーンがどの放送局のニュ

ースでも取り上げられていた。神田理事長を気の毒にも思ったが、私と

しては「女性を教育するための会館は必要???」と思っている。

 なので、事業仕分けで廃止になったほうが女性のためにはいいのでは

ないかとすら思っている。この名称の会館の存在を許していることその

ものがいつまでたっても「遅れている女性を教育すべき」というイメー

ジを強化してない?

 教育の必要があるのは男性なので是非とも名称を国立男性教育会館に

して欲しい。もちろん生まれてから培った価値観、おまけに日本全国ど

こへ行っても阿吽の呼吸で通じる価値観に浸っている人たちが一朝一夕

の教育程度で変わるとは思えない。でも「男性教育会館があるというこ

とで、男たちはかわっていかないといけないのか・・・も・・・・」と

思わせる威力だけはありそう。
 
 ちなみに「男性教育会館」で検索をかけてみるとこの名称の機関は存

在しない。
 
 
posted by ほたる at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近の報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

再発行手数料

 ふとしたことから、とある銀行口座のキャッシュカードの暗証番号を

失念してしまい、あれやこれや試してしまったらとうとう、「窓口へ来

てください」とATMにいわれる事態になっていた。

 先日、意を決して窓口へ行ったら、「再発行となりその場合手数料が

かかります」という。

 金利は非常に低いままにして、その利息の何倍もの手数料を取られる

のはなんとも納得がいかなかった。

 それほど必要性のあった口座でもなかったので「じゃ、口座そのもの

を解約します」というとあちらは大慌てで「では、キャッシュカードの

解約と発行申込みの書類を書いてくれたら、手数料はかかりません」と

言う。

 そんな方法があるということはほとんどの人は知らないのではない?

言われるままに手数料を払って再発行させれていたかもしれない。

 知らないほうがいけないのかもしれないけれど、「手数料がかかるほ

うもありますが、一方手数料のかからない方法もありますが、どちらが

よろしいでしょうか?」って聞いて欲しいなあ。 
posted by ほたる at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

里芋団子

 こういう料理があるのは知っていても、ついつい作りなれたものしか

作っていなかったけれど、一念発起!

 里芋を加熱するのは面倒。洗って泥を落としてゆでて皮をむく。ゆで

るのも鍋だと時間がかかる。圧力鍋ですると少し時間を間違えるとすっ

かりどろどろの里芋になってしまう。向いてからゆでるとぬめりで鍋が

たいへんなことになる。

 そこで、洗ったサツマイモをそのまま新聞紙に包んでレンジで加熱を

する方法を近所の方に数年前に教えてもらっていたので、それを応用す

ることにした。

 大きさがそろった里芋ばかりのほうがいいような気がするがそうでも

ない。大きさが揃っていてもレンジ庫内の位置で微妙に加熱むらができ

てしまう。大きさを揃えてもあまり関係ないので、大小の里芋を洗って

新聞紙に包んでレンジで加熱。ワット数も時間も適当。途中で開いて竹

串で刺してみる。加熱できたものは出し、まだのものは追加加熱する。

 で、皮をむく。これが上手く加熱できるとするすると手で押すだけで

皮がむける。

 熱いうちにマッシャーでつぶす。常備しているので私はこの段階でう

どん出汁を少量加えて少しだけ味をつける。

 一口大に丸める。これがコロッケを成形するより簡単で手のひらにく

っつかないから楽といったらない。

 丸めたものを片栗粉の上で転がし、油で揚げる。

 出汁の味はほとんど判らないけれど、私は里芋の甘さそのものでOK。
 
 予想以上に簡単で美味しかったのでマイブームになりそう。 
posted by ほたる at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

韓国岳

 先日韓国岳で小学生が転落死してしまうという悲劇が報じられた。

 夏の美瑛岳の遭難に続いて韓国岳とは今年は一体どうなっているのか

と不謹慎ながら思ってしまった。

 美瑛岳は8年前の夏に登ったけれど、韓国岳は30年近く前に登っ

た。時期も今回の事故と近い。

 このときは12月に一人で行った。快晴で風もなく気温もその季節に

しては暖かく、バス時刻を調べて下山もそれにあわせられるのがわかっ

たので登ってみた。

 それほど難所があるわけでもなく、雪もなかったから、ラッキーだっ

たのかもしれないけれど、当時は若かったから、気持ちの良いハイキン

グ気分で一人山道を楽しんだ。

 韓国岳のことはすっかり忘れていたけれど、今回の報道で思い出した。

 山登りを好きとは言っても登山グループにはいったこともないし本格

的な登山の経験もなく、旅先にたまたま山があり、条件がそろったから

登ったという程度だから登った数は知れている。なのに私の数少ない登

山経験のある山のうち二つもが事故報道されてしまった。

 家族でも楽しめる山だったから行ったのだと思うと、今回の結末は悲

しい。ご冥福を祈ります。
posted by ほたる at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近の報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

現職警官「裏金」内部告発 仙波敏郎著

 どうやら世で間は今読書週間らしかったけれど、私の日常も読書週間

化しているように、せっせと本を読んでいる。これもいつまで続くや

ら・・だけれど。

 裏金問題は彼が告発した前後、あちらこちらの警察のみならず自治体

でもマスコミに取り上げられていた。内部通報者保護も法的にされるよ

うになったからだろうけれど、それでも氷山の一角かと思えるほどの、

組織優先のからくりがこの本には満載。

 たったひとりだけで裏金作りの白紙領収書への記載を拒否し、短期間

での転任を強要される。昇任試験合格と領収書記載がセットになった任

用制度のため、途中で受験をすることもやめ定年まで巡査部長。

 組織の非情さと対照的だったのが、家族、彼の告発直前から彼に関わ

りだした弁護士、知人の支援。告発を察知した県議がとある人物を紹介

して告発を止めようとしたが、逆にその人物は告発の背中を押す。彼は

仙波さんが孤立していると聞くや、ランチタイムには10キロ離れた自

宅から毎日警察の食堂に通い仙波さんと食事を共にする。

 裏金つくりと拒否した者への報復のすさまじさよりも、周囲の人たち

の理解と支援の話のほうに感動したが、それは不正と報復は当たり前の

社会で珍しくもないけれど、孤立した人を支える姿は今や稀な減少だか

らなのかもしれないと思うと情けない。

 彼の告発後、裏金の原資となった警察庁の捜査費や検察庁の調活費な

どは激減した。

 それだけでも一歩は進んだ。
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2009年11月01日

原発と地震 柏崎刈羽「震度7」の警告

 新潟日報社特別取材班が2007年7月16日の中越沖地震直後から

連載を始め2008年度日本新聞協会賞を受賞したルポが書籍化され

た。

 地震震災だけならまだしもタブーの地震と原発に地方紙が挑んだとい

うだけでも喝采もの。

 原発の安全審査を行う原子炉安全専門委員会では活断層の専門家とし

て呼ばれた東大助教授(当時)が辞意を表明。なぜ?

 原発の土地取得にまつわる田中角栄の影。お金はどこへ?

 決して「老朽化」という言葉が存在しない原発の世界。

 どきどきするような話の展開にフィクションの小説を読んでいるのか

と錯覚してしまう。

 いえいえ、これ現実に存在する原発と現実の起こった地震とのコラボ

レーション危機。

 それでもあくまでも動き出した政策は止まらない。騒いでも時がたつ

のをじっと耐える・・、これじゃまるで演歌の世界。

 そうか、私の苦手な演歌が日本で人気なのはこういう世界で生きる人

たちの心情に重なるからなのかと、納得してしまう。

 原発推進に不利なデータは存在しないし、そういう議事録も存在しな

いことにされてしまう。「どこにでもある話」で諦めずに議事録を発見

した取材班。

 こうしてルポが書籍になったからといってどこかで原発が止まったと

は聞かない。そして過疎地に原発をお願いしている意識もなく都会では

電気がついて当然の生活が続いている。
posted by ほたる at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んでみたら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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