2011年04月01日

コスタリカ 勝手に最終章

 いい加減な私はブログをその日その日ふと思ったことを書き連ねているので、「旅日記」

にしても一貫して書いていなかった。毎日少しづつ書いていたかと思うと、新聞を読んでい

て感想を書いてみたり、本を読んで感動を書いてみたり、と一貫性がない。もちろん、知っ

ていてやっているので、いかに私がいい加減な人間なのかをアピールしているだけのことな

んだけれど。

 で、コスタリカの旅についても、2年前に書いてそれっきり尻切れトンボになっている。

 そのことで、最近発見したことを今日書いてコスタリカ日記をようやく終結にしようと思

う。

 帰国の際にヒューストンで一泊する必要があり、アメリカに入国しようとして、パスポー

トコントロールでひっかっかった。

 ずっと、その理由を突き詰めて考えていなかった。抜き打ちでのチェックみたいなものだ

ろうという程度の認識しかしていなかったからなんだけれど、最近あることをしていてがて

んがいった。

 あるときパスポートの出入国の押印を一つ一つチェックしてみたらコスタリカ出国の押印

がどこにもない。つまり、アメリカの係官にすれば私は密出入国をしようとした人間だった

わけ。そりゃ〜〜、別室に呼ばれるよね。いやいや、丁寧に扱ってくれたことを感謝しても

いいかもしれないくらい。

 コスタリカの空港でもパスポートチェックの窓口に3人一緒にパスポートを提示した。そ

のとき2冊のパスポートにしか押印してくれなかったのだ。そのことに気がつかないほどこ

ちらの間の抜けようも笑ってしまう。まあ、子どもたちのでなくて良かった。わたしはこん

な体験でも面白がってしまう人間なのでそれほど深刻に受け止めていない。
 
 別室に呼ばれたときの不快さと怖さは今となっては「稀な体験」の思い出となっている。

 押印し忘れなんていかにもラテン。きっと、再びコスタリカに行って係官にことの次第を

話しても大笑いされて終わりだろうなあ
わーい(嬉しい顔) 
posted by ほたる at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月20日

コスタリカ 3月17日その2

 午後15時に離陸してヒューストン着が19時45分。そのまま乗り

継げる便はないのでヒューストンのホテルに泊まる。

 ホテルはあらかじめ娘が予約を日本で取っておいたので空港を出たら

ホテルの送迎バスの乗り場に行けばいいだけと手はずは整えておいた。

 だから、飛行機がヒューストンに到着したら、ほっとして飛行機を降

りた。

 ところがそれもつかの間。

 入国審査で時間がかかった。どうせならと3人一緒に窓口にパスポー

トを提示した。担当官は仏頂面で無言のまま親指を出させて指紋を読み

取らせた。それでも一応パスポートに入国の判子を押してくれたので

「やった!」とばかりに私たち3人がニコニコ顔で覗き込んだらようや

く人間らしく苦笑い。そして担当官はマイクに向かってなにかしゃべっ

り、私たちには「あちらへ行くように」というしぐさで指差した。見る

と誰か別に人間が立っている。そのほうに行くと、なぜか私だけ別室へ

案内された。

 子どもらはドアの外に残して私だけ中に入ると、会議室みたいな部屋

の前にパソコンをにらんでいる男性が4人ほどいる。そして中央にはパ

イプ椅子が20脚ほど並べられ、男性数人と車椅子の女性一人(どなた

もラテン系の顔立ち)が待っている。その人たちはお互いに無関係。

 私も恐る恐る椅子に腰掛けて待っていると、男性の一人に手招きされ

た。「パスポートを出せ」というので出すと機械に読み取らせて私のほ

うからは見えないパソコン画面をじっと見ている。

 沈黙・・・。顔を上げると「どうしてアメリカに来たのか」と聞いて

くる。「コスタリカの帰りだ」と言うと「なぜコスタリカに行ったの

か」とまたまた聴いてくる。こちらにしたら「観光で行っているのに文

句あるの?」と言いたくなった。

 でも幸いにして「文句あるの?」なんていう英語を知らなかったので

ただ「観光」とだけ答えた。

 その後彼が言った文句が忘れられない。「コスタリカにボーイフレン

ドでもいるのか?」は〜〜〜〜?あっけにとられたが日本人特有の苦笑

いで「ノー」.

 今になって思えば「イケメンを紹介して欲しい」とでも言えばよかっ

た。

 担当官は笑って、なにやら早口で隣の男性としゃべって、パスポート

を返してくれて解放された。

 そうか。コスタリカなど中南米から麻薬などがアメリカに入ってく

る。団体ツアーや旅行社を使わずで中南米からアメリカに入国する人間

は「要注意人物」で調べられるんだと気がついた。

 廊下で待っていた娘たちと合流して、こんなに入国に時間がかかると

は思わなかったと言いつつ、ヒューストン空港のホテルの送迎バスの発

着所を探すことにした
posted by ほたる at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月16日

コスタリカ 3月17日その1

 いよいよ、コスタリカとのお別れの日。 

 飛行機は午後14時55分と遅め。チェックアウトだけして親しくな

ったフロントの人に荷物を預け12時にタクシーを呼んでもらうことに

した。

 午前中はホテルの斜め向かいにある文化広場の反対側の国立劇場を見

に行った。パリのオペラ座を模して造られていて内装やら調度品も凝っ

ているというので中に入って見せてもらおうとしたら、守衛さんに「セ

ラード エスタ セマーナ」と言われた。えっと、どの単語も一応聴い

たことがあると思ったが哀しいかな、極度の緊張とこれまでコスタリカ

でも英語もどきでなんとかやってきたので、スペイン語を聞くのは入国

してからも久しぶり・・・という笑えない事態。慌てて西日・日西辞典

を出してみたら、なんと聞きかじった覚えのある単語だった。「閉まっ

ている」「今週」。今週は閉まっているから入れませんってことだった

わけ。来週までは待てないのでちょっとがっかり。

 仕方なく文化広場のほうへ戻ってその敷地内にある中央銀行博物館へ

行くことに。こちらは観光客とコスタリカ人の子ども達でにぎわってい

る。先コロンビア時代の金装飾が素晴らしかった。スペイン人が来るま

でののどかに暮らしていた各部族で埋葬するときに死者と一緒の埋葬し

た金装飾の数々。ヘビ、鳥、トカゲ、クモなどがデザイン化されて金色

に輝いていた。
 
 コスタリカはインカ・マヤ・アステカなどの中南米で華やかな文化を

咲かせた地域からはちょっと離れていて影響こそ受けたものの、中心的

存在ではなかった。それでもこうやって文化を育んでいたんだと思う

と、人間の営みはただただ食べて寝てというだけではない他のものを追

求したくなる本能があるのだとなんだか改めて実感した。

 これといって世界中が注目するものを持っているわけでないこの国。

街もそんなにきらびやかでもない。音楽・芸術に秀でているわけでもな

い。経済面でも先進的でもない。世間の尺度で見ればどれもがトップク

ラスではないのに人々の表情は穏やかだった。

 ホテルに戻ったらもうタクシーは来ていた。フロントの青年とちょっ

とこわもてのドアマンにもお礼を言ってタクシーに乗り込んだ。

 空港まであっという間。昼見る空港はとても開放的に見えた。人の往

来も多い。

 思えば12日前深夜に到着してタクシーの運転手さんにつかまって不

安にかられたのがコスタリカの第一歩だったなあと懐かしい。これとい

って困ることも怖いこともなく楽しく過せた。 
posted by ほたる at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月23日

コスタリカ 3月16日 その2

 午後はお向かいの国立博物館へ。

 この建物がまた、年代物でいかめしい雰囲気が漂っている。それもそ

のはず。ここには1949年に軍隊が廃止されるまで、要塞として陸軍

司令部が置かれていた。弾痕も壁面のいたる所に残っている。

 コスタリカは政情不安定な国に囲まれながらあえて軍隊を捨てたこと

がその後の平和に多大な利益をもたらした実績があるので司令部の建物

が残っていても、なんら恐れはない。

 受付でリュックとカメラは預けて中へ。植民地以前の中南米の暮らし

と植民地以後でずいぶん違う。

 とにかくスペイン人がくるまでの生活は私たちの弥生時代の暮らしぶ

りに似ていた。自然と一体化した生活だった。石器、土器を作って植物

を取り、狩をしていた。薬草をうまく利用して病気を治していたし、各

部族ごとにシャーマンのような人もいたらしい。

 スペイン人が来てからは、一気に近代化が進み、植民地としてコーヒ

ーやバナナ生産をし少しずつ教育を受け力を蓄えて、独立を得た歴史が

コンパクトにまとめている。印象的だったのは等身大の人形が20体ほ

ど並んでいたが、様々な肌の色、様々な顔立ち、体格、身長で、この国

が多様性を持っていて、それを大事にして国づくりをしているというこ

とが伝わってくる。

 中庭に置かれた巨大な球形の石が目を引く。ほぼ完全な球形でどうや

って何のために作られたのかわかっていないらしい。写真を取れなかっ

たけれど大きいものの直径は私の身長よりもありそうだった。

 博物館を後にしてホテルまで歩いて帰ることにした。途中日曜日とい

うことでテントを張って市が立っていた。木彫りのアクセサリーや手織

物、定番のお土産キイホルダーなどが置いてあった。

 ホテルに戻るとフロントマンが鍵を渡しながら「今日、空港へ帰るの

かと思ってタクシーを呼んでしまった。僕の勘違いだった」と正直に言

う。確かに今朝出かける時に「明日空港に行きたいので11時にタクシ

ーを呼んでおいて欲しい」と頼んだ。彼はそれを今日のことだ勘違いを

してしまい、11時に呼んでしまったというわけ。今夜もホテルには泊

まる予約にして既に支払いも済ませていたのだから、今日空港に行くは

ずはない。黙っていればそんな失敗わからないのに、素朴で素直なコス

タリカンはそんな失敗もさらりと言ってのける。こちらも勘違い

されそうなのだから念を押して話しておけば良かったとちょっと反省。

 とはいえ、とっさにそういう表現が出てこないのは情けない。

 外国語を使うときも母国語を使っているくらいにスムーズに言葉が出

てくれば感情表現もうまくいくのに・・とやっぱり使いこなせないのは

悔しい。

 夜はコスタリカ料理ではなくイタリア料理のお店に行くことにしてい

た。この店、サンホセで1909年に開業したとある。

 ところが地図で示されたところにそれらしきレストランはあるにはあ

るけれど、店の名前が違う。ガイドブックでは「Balcon de 

Franco」となっているが看板は「Europa」。ヨーロッパと

あるのだからイタリア料理を出してもおかしくはないだろうと意を決し

て入ることに下した。
 
 かなり古いレストランらしく何処となく歴史が漂う。壁には大統領も

ここで食事をしたらしく写真やサインがさりげなく飾ってある。

 前菜、パスタ、デザート、コーヒーをそれぞれで注文した。
 
 食事を終えて、ガイドブックで紹介されているページを開いて見せて

お店の名前が変わっていることを言うと数年前に名前を変えたそうだ。

ガイドブックの古い名前を消して今の名前を書き込んでくれた。電話番

号などは同じまま。これは帰国したらまた出版社に情報で流さないとい

けない・・・。

 彼は日本のガイドブックにお店が紹介されていることを大変喜んで、

レジの女性にまでその本を持って行って見せていた。もちろん日本語が

読めるわけじゃないけれど。そうしたら私たちを手招きし、レジの引

き出しからノートを出してきた。そのノートは食事をしたお客さんに一

言書いてもらうもので、あるページに日本語で書かれていた。どうやら

一週間ほど前に食べに来た日本人の青年が書いたもの。なんと書いてあ

るか教えて欲しいという。簡単な文章だったので英語での翻訳はなんと

かなった。なんだかお二人ともとっても満足な表情だった。

 こうしてコスタリカ最後の夜は幸せな気持ちで終えた。

 
posted by ほたる at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

コスタリカ 3月16日 その1

丸一日サンホセですごす。

 朝ゆっくりと支度して向かったのがシモンボリーバル動物園。片道3

0分ちょっとかけて徒歩で行ってみた。実はセントラルアヴェニーダを

一本それると歩道は狭くて汚れていて、穴もところどころあって歩きに

くい。動物園までの道も決して整備されているとはいえなかった。観光

客が歩いて回るなんていうことは想定外でしょうから、これらが不備で

も気にならないのかもしれない。

 道を歩いている人もそんなにいない。

 動物園の入り口には露天が二つほど店を出していた。懐かしいビニー

ルの動物人形やお面が並んでいる。今日は日曜日だったけれど、受付に

他のお客はいない。

 とってもこじんまりとしていた。30分くらいで回れてしまう。園内

の回遊路も狭く檻も小さいせいか、木立で日陰が多かったのが助かっ

た。ふと気がつくと、ちょっとしたスペースに備え付けられていたテー

ブルとベンチでお弁当を広げている家族連れが何組かいた。

 見ていたらお腹がすいてきたのでそろそろ動物園を出てランチにする

ことにした。いきたいお店は動物園からは結構離れているので動物園前

からタクシーに乗った。

 コスタリカ入りした3月7日深夜には白タクに乗ってしまったらしい

が、ここからは正規のタクシーに乗る。ちゃんとメーターもついてい

た。

 目印は国立博物館。英語で言ってみたけれど、運転手さんはピンと来

ないらしい。地図も出して指差してみるけれど、良く分からないみた

い。それでもとりあえずそれらしい方向に車を走らせていた。途中、無

線で会社に位置を確認していた。それでも所在は良く分かっていないら

しいということが伝わってくる。それでも、コスタリカの何処に行って

きたのかとか日本のことなんかを話してくる。走っている道は確かに国

立博物館に面した道路だったので安心していたが、彼がここだといって

下ろしてくれたところは、ちょっと違っていた。

 仕方ない。200メートルくらいそのまま進行方向を進んだら、すぐ

に見つかった。その博物館前の交差点を渡ったところにある郷土料理店

ヌエストラ・ティエラというお店。

 木造作りで間口も広い。どうやらツアーの観光客が良く来るらしい。

大型観光バスが止まっている。私たちの席は入り口近くで明るかった。

隣の席にはそれらしい運転手さんがお二人で座っていた。

 コスタリカの料理もおそらくこのランチが最後。各自一皿料理を注文

した。まな板のような木の板にバナナの皮が載せられその上に料理が載

って出てきた。子どもたちは生野菜に手をつけなかった。

 私のお皿にも白菜のような葉物が一枚そのままの姿で乗っていた。食

べる気だったが何気なくひっくり返してみたら7ミリくらいの細い青虫

が動いていた。

 日本の魚介の踊り食いすらしたことはないし、できない。

 いくら日本じゃないからといって青虫の生食もできそうにないので白

菜は遠慮した。

 コーヒーも注文したら、コスタリカ流の伝統的コーヒーメーカーが運

ばれてきた。漉す布袋にコーヒー豆が入れられていてその袋がポットの

中に入っている。そのポットたるや懐かしい学校給食で脱脂粉乳の入っ

ていたアルミの牛乳ポットの小型サイズ。袋に熱湯を一気に入れている

カマレロ(ボーイさん)にカメラを向けるとお茶目な彼は手を上げてカ

メラ目線にしてくれた。漉されたコーヒーはそのポットの中に抽出され

る。

 どこかの団体さんがツアコンさんの呼び声でぞろぞろ立ち上がってい

つの間にか表の道路に横付けされた大型バスに乗り込んでいった。

 まもなく私たちもお勘定をお願いしてレストランを後にした。
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2009年02月04日

コスタリカ 3月15日

 朝、6時前に起床して旅立ちの準備を整えてから時間外の朝食を摂り

にレストランへ向かう。もちろんどなたもいらっしゃらない。まだレス

トラン内も薄暗いけれど人の動きが見えるのでどうやら準備はしてくれ

ているらしい。気がついて鍵を開けてくれたので中に入り、さっそく軽

い朝食を摂った。

 部屋に戻って荷物をもってフロントでチェックアウトの手続きをすま

せる。

 丁度7時、シャトルバスが到着。これで再びコスタリカの首都サンホ

セへ4時間半のドライブ。

 11時半に、最初の夜に泊まったのと同じエルマラガトホテルの近く

で降ろしてもらった。ホテルに着くとなじみのドアマンとフロント係。

 チェックインまでには時間があったのだけれど、掃除が済んでいたの

で、部屋の鍵をくれたので荷物を運び込んだ。

 もちろんお昼ご飯もまだだったので、市場へ行くことにした。ホテル

前の道をまっすぐ歩いて5分くらい。

 観光客用のお土産もあるし、地元の人が食料・衣料などを買いにきた

り食事をしたりもする。狭い通路の両側に小さいお店がひしめいてい

る。人も多くなかなか動きが取り難い。とりあえず、お腹を満たそうと

いうことでカウンター式のお店でよく判らないなりに注文をしてシーフ

ードのスープと肉料理のとジュースを頼んで、3人で分けて食べた。隣

で食べているのは地元の方みたい。

 背中が通路側なのでなんだか落ち着かず、早々に胃袋に流し込んで席

を立った。

 市場はそれほど広くないのでいろいろ曲がりくねった通路を適当にさ

まよううちにまたきたところに戻ったりすることもあったので、道に迷

って困ったということはなかった。

 市場を出て戻る途中に書店があったので入った。コスタリカのもう少

し詳しい本があれば買いたかった。ところがサイズが大きすぎたり値段

が予想以上に高かったので断念。書店もそれほど規模は大きくなかった

のも残念。

 靴屋や洋品店も入ってみた。品揃えはそれほど多くはなかったけれど

デザインが日本とは違っているので見ていて楽しい。スーパーの衣料品

売り場ものぞいていたら、店員さんがTシャツを3枚買うと20ドルく

らいにすると身振りでおっしゃる。それは安いかも・・・・と見たもの

のさすがに3枚も気に入るものはなかったので、彼女には悪かったけれ

ど買わないままお店を出た。

 夕食はカーニョネグロツアーで一緒になった日本人の女性のお勧めス

テーキを食べることに。丁度、ホテルの近くにレストランがあったので

そこへ行く。

 結論、美味しかった。私は日本の霜降りが気持ち悪くて美味しいと思

えない。とろけるとは言うけれど、油をなめているようでそれが苦手な

私はどんなに高級と聞いても食べたくないし食べられない。 あるとこ

ろであるひとがおっしゃいました。「あの『霜降りって成人病の牛』っ

てことですよね。」

 コスタリカを旅していて車窓から見た草を食んでいる牛たちの引き締

まった体。まさしくステーキも筋肉を食べているという感じ。でも筋張

っているわけではないからゴムのように噛み砕きにくくもないし、ぬる

ぬる感もない。

 あまり人がいないレストランだったけれど静かに食事ができたという

か私たちだけが賑やかだった。

 夜の道もちょっと散歩してホテルへ。

 10時を過ぎると人通りがぐっと減る。首都の一番賑やかな通りがこ

う。この国の人たちがいかに健康的に生活しているかってことの証?

 でも、ホテル正面の建物の階段に腰掛けてギターの演奏をする人が現

れる。人通りが少なくなって演奏するのは投げ銭目的というよりも練習

のため?4回の部屋でも演奏が聞こえるけれど耳に心地よかった。
 
posted by ほたる at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

コスタリカ 3月14日 その2

 スパから戻った子どもたちはまだ体力が残っていた。ただ空模様が怪

しくなってきたので散歩もできそうにない。

 確か卓球ができると案内図にあったので直接卓球台のある建物へ行っ

てみた。一階からの吹き抜けになっている二階に上がると確かに卓球台

とラケットがある。ただピン球がないのでフロントまで徒歩で数分かけ

てピン球を借りてきた。

 ところが吹き抜けになっているため階下にピン球が落ちてしまうと階

段を下りて取りに行かないといけない。しかも丁度落ちる辺りには床を

抜いて地面に観葉植物を寄せ植えしている。おかげでその植え込みに落

ちると、柵を乗り越えて茂みの奥に落ちたピン球を捜す羽目になること

度々。

 施設の修理で来ていた職人さんは何回か拾うのを手伝ってくれた。穏

やかな雰囲気がこの国方々から感じられる。庭園の手入れをしている人

もところどころにみられるが一様にのんびりしている。おそらくこうい

う姿が日本のような勤勉で几帳面な国民の目にはだらけて見えるのかも

しれないけれど、ずぼらな私にはとっても楽に映る。

 最初卓球をしにきたときにピン球がない理由が分からなかったけれ

ど、おそらくその植え込みに落ちて見つからないままにしたお客さんが

最後だったのだと思う。

 とりあえず、植え込みに落ちても見つけて楽しんだ後、ピン球はフロ

ントに返してきた。2時間くらい卓球をしていた。

 最後の夕ご飯もバイキング。テーブルについてくれるカマレロ(ウエ

イターのスペイン語)とも仲良しになった。

 夜の溶岩流は期待通り前夜、前前夜に比べるとくっきりと太く流れて

いる。10年ほど前までは噴火口が右のほうが低かったので右のほうに

浴流れていたらしいけれど、最近は左方向に流れている。また何年か経

てば流れの方向が変わるかもしれない。

 この溶岩流は1泊では見られないことがあるから、少なくとも2泊、

3泊もすれば一晩くらいは見られるだろうという情報を得ていたけれど

3泊して毎晩溶岩流が眺められたのは幸運らしい。

 なんのことはない、街灯もない闇夜に真っ赤な溶岩流が時々流れるだ

けといえばそれだけのことなんだけれど。

 それでも満足して寝た。
posted by ほたる at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月31日

コスタリカ 3月14日 その1

 二泊目の夜だった3月13日は疲れていたので少し寝て夜中に起きて

アレナル火山の溶岩流をみた。前夜と同様、ときどき細くオレンジ色に

輝く溶岩が山肌の左側をときどき転がるように流れていた。

 アレナル火山が見られる方向はほば全面ガラス張りでベッドで寝転ん

だまま見られるのがこのホテルのこの部屋のいいところ。でも、そのま

ま寝てしまったら早朝から働く人が目の前の敷地内を往来をし始めるの

で丸見えにもなる。

 なので「寝る」と決めたら一応遮光カーテンをしないとこちらもそう

だけれど行き交う人も落ち着かない。半分眠ったような状態でもべっど

から起き上がってカーテンを閉める。

 それでも朝は早く目覚める。これ、旅に出て興奮しているのではな

く、いつも早くから起きる生活になっているのでその習性が旅先まで追

いかけてきているだけ。

 朝食が待ち遠しくレストランへ行くけれどまだ開店前。

 翌日は朝食の開始前にホテルを出発することになっているので朝食の

相談をしておかないといけない。ホテルのレストランの人にしたら迷惑

な客ということだけれど、そういう宿泊客は珍しくないのか対応してく

れることになった。

 午前中は歩いて片道30分くらいのところに国立公園になっている古

い溶岩流が残っているところがあるので行くことにした。こちらはツア

ー客がいてちょっとにぎやか。かつては溶岩流で植物は全滅したと思わ

れるところでもずいぶんと広葉樹が繁っていた。最後に溶岩を上ると当

たり一帯は巨大な溶岩がごろごろしている。正面にアレナル火山が迫っ

てくる。いつも火山の上が白くなっているのは雲ではなくて噴煙だとい

うことが、イメージでなく目の当たりにできる。

 そして背後はアレナル湖が眼下に広がっている。真っ青な空に火山と

湖。しばらく不安定でお尻が痛くなる溶岩に腰掛けてくつろいだ。

 午後ホテルの戻って例の日本企業が現地生産しているカップ麺を食べ

た。湯沸しポットがないのでルームサービスで熱湯ではなくて沸騰して

いるお湯を持ってきてもらわないといけないと思っていたのだけれど閃

いた。

 湯沸しポットこそないけれどコーヒーメーカーがある。コーヒーの粉

をセットしたらコーヒーができてしまうけれど粉をセットせずに水だけ

入れてスイッチを入れれば落ちてくるのはそこそこ熱いお湯。少しだけ

入れたのでは冷えるけれど多めにお水をセットして入れれば容器の冷た

さが緩和され、まあまあ熱いお湯が作れる。それでカップ麺のお湯を作

った。

 カップ麺の味は良かった。

 昼食後、窓の外の植え込みにハチドリが何羽も来て蜜を吸っている。
 
 それを眺めていたらどこからか鳥が勢いよく飛んできて窓に激突し

た。急いで部屋を出たら窓の下でハチドリではない小鳥が痙攣していた

けれどすぐに動かなくなった。手に取るとまだ暖かいけれど首の骨が折

れているのか頭が少しゆがんでいる。コスタリカではこういうとき野鳥

をどうするのか知らないのでそのまま草の茂みにそっと置いた。

 観光客にとっては快適な全面ガラス張りだけれど鳥にはそこにガラス

があるかどうか判別できない。こういう事件が日本でも起こっていると

走っていたけれど、目の当たりにしたのは初めてでショックだった。

 午後はホテルの敷地内にある火山博物館へ行ってみることにした。た

だ展示しているだけでなく火山活動をモニターしている。ここは活火山

の観測拠点でもあるということ。2001年にも大噴火しているし、1

980年代(?)の噴火でも観光客に死者も出ていた。

 日本だと活火山の麓でホテル経営など・・どうなんだろうということ

をふと考えてしまった。

 知識のを持ち合わせていない観光客がただの物見遊山で(私のよう

に)ふらふらと活火山を見に来てもしも被害にあったりしたら、ホテル

を経営してた人が悪いとか安全配慮に欠けていた、誰が責任取るんだと

して問題になるような気がする。

 それはそれで大切かもしれないけれど、危険と隣り合わせであるとい

うことは自分でも知って覚悟(遺書でも書く)の上訪ねてしかるべ

き・・・という自己責任がきっちりしているのかもしれない。

 このあたりおおらかなのもラテン気質なんだろうか?私的にはとても

気が楽になれる。っていっても日本でもお気楽な極楽トンボをやってい

るから関係ないかも・・。

 博物館から戻って子どもは再び温水プールへ。私はホテルで一人で休

憩。すると「ボン!」と大音響。思わず外を見るとアレナル火山からも

うもうと噴煙が上がっている。どうやら爆発したらしい。山肌のいろん

な方向に灰色のもの流れている。これ日中だから灰色にしか見えないけ

れど夜に見れば真っ赤な溶岩流に違いない。スパから戻った子どもたち

は屋外にいただけに私よりも大きな音に驚いたと興奮していた。

 その後、特別なことがなかったのであわてることはなかったけれど、

今夜の溶岩流は期待できそう。

  
posted by ほたる at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月23日

コスタリカ 3月13日

 早起きした。といっても毎度のこと。

 せっかく来たのだからのんびり寝ているのは勿体無い。しかもこのホ

テルでは毎日早朝の敷地内の自然観察ハイキングを朝食後に実施してい

る。フルーツたっぷりの朝食を堪能した後、フロントに集まる。20人

近くの人が揃って出発。

 ホエザルが高い木の枝でのんびりと過している。ツアーガイドさんが

三脚に好感度の双眼鏡を取り付けて見せてくれたが、動物園で見るより

も近くに迫ってくる。庭園におちたざくろの実がえぐれている。園内を

ウロウロしてるBlack Guan (灰色のガンのような鳥、和名が分からな

い)の大好物。この鳥、ホテルの庭園を我が物顔でのし歩いている。飛

ぼうともしない。低木の枝に飛び乗っても飛翔はしない。飛ぶ必要がな

いくらいに安全な環境にいるので野生を忘れたように見える。

 杉のようにまっすぐに天を支えているかと見紛うような木が林立して

いる。しかも枝が木の先にしか出ていない。成長の過程で枝はどういう

タイミングで横に伸びるのだろうか?それもともいったんは伸びるけれ

どその後の成長で役目を終えると落ちるのだろうか。とにかく枝打ちを

したのかと思うほどにまっすぐな木だった。説明によると電信柱に使わ

れているとのこと。これだけまっすぐだとコンクリートの電信柱はいら

ない。環境にもいい。

 数キロ歩くと滝があるのでそこまで降りて滝のマイナスイオンを浴び

る。その後敷地内にある牛の放牧場へでるとちょっと違う角度からアレ

ナル火山が望める。放牧場の横に天蓋のついた大きな荷車がある。装飾

も施されていたからこれはこうやってハイキングしたお客を乗せてホテ

ルに戻るための車らしい。縁銀はついてないのでそれをトラクターが引

いてホテルの本館へ戻った。


 英語の説明も聞きなれない単語が多くてほとんど意味はぱらぱらとわ

かる単語を拾い集めて意味を勝手に解釈していたという悲惨なものだけ

れど、広いホテルなので、そこに参加して他の宿泊客やガイドさんに出

会える唯一の時間だった。

 いったん客室に戻り、すぐに水着の用意し温水プールへ。ここで使う

ために水着を入れてきていた。

 とっても小さい円形のプールだけれど正面に噴煙をあげているアレナ

ル火山を見ながらぬるいお湯につかれる。

 コスタリカのホテルにお風呂はない。当然といえば当然。あるのはた

だのシャワールームだけ。それも場合によっては水しか出ないことある

から、このホテルのスパは唯一ゆったりとぬるま湯とはいえお湯に身体

を沈めることができた。

 部屋に戻ってスーパーで買い込んだパンやらバナナ。そしてカップ麺

でランチにした。カップ麺には熱湯が必要。部屋にお湯を交わす器械は

ないけれど、コーヒーメーカーはある。これにコーヒーをセットしない

で水を入れてスイッチを押せば、ドリップされてポットに溜まるのはお

湯。このお湯をカップ麺に注いで3分。温度がちょっと足りないかと心

配になったけれど、見事に乾燥麺は戻っていた。味もコスタリカ風でち

ょっと辛い。 

 午後はのんびりと園内を散策。

 夕方は早めにレストランに行ってベランダが大きく張り出していて、

その先にある木に餌の台を取り付けている。ヒヨドリほどの鳥がそのえ

さをつつきにやってきている。ベランダにはアメリカ人の写真愛好家の

グループが陣取って鳥の写真を撮っていらっしゃる。皆さん、ご高齢で

もお元気。一番前にずらりと横一列に並んで三脚を立て双眼鏡をのぞい

ている。ただ縦にも横にもボリュームがあるので、彼らの後ろにいては

全く鳥も木も見えない。仕方なくベランダ横の階段を下りて地上から見

上げることにした。丁度夕日が落ちる方向で水色から徐々にオレンジ色

へと空がお色直しをいているようだった。

 夕食は昨夜と同様にビュッフェ。

 夕食を終えて部屋まで散歩しながら戻ると入り口横に15センチはあ

ろうかと思えるほどのガマガエルがどんと居座っている。これもこのホ

テルのサービス?
posted by ほたる at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月01日

コスタリカ 3月12日 その3

 次のホテルは自然の中にあるため周辺に民家も他のホテルもお店も何

もない。ホテルのレストランで食事を全て賄うと経費がかかる。3食の

うちお昼は軽くすませるために、ラフォルトゥーナの街中のスーパーで

飲料水とパンとバナナくらいを調達することにした。

 パライソトロピカールの裏手の道を入ったところに食料品を扱ったス

ーパーがあったのでそこで、お目当てのものを探した。ついでにいろい

ろと見てみると砂糖も小麦粉も全てサイズが大きい。大量買わせるスタ

イルはやはりUSA流かもしれない。生鮮野菜はやはりあまり見かけな

い。スーパーの近くに果物店もあったから生鮮野菜は八百屋さんで買う

のが基本になっているのかもしれない。

 ある棚でカップ麺があった。これは元祖日本。思わず手にとってみる

とマル○ャンとニッシ○のメーカー名が記載されている。日本企業が現

地生産したらしい。味付けはもちろんコスタリカ風。これは試さない

と・・ということで購入。お箸も持ってきているし、困ることはない。

 昼食3回分となるとそこそこ重くなった。

 ホテルから20メートルほど離れた場所に立つビルに2時に約束した

にタクシーが来る。そのビルの一階には旅行代理店が入っていた。その

名前が「Pura Vida」。

 前日にカニョネグロツアーで一緒になった東京からの一人旅の女性が

「Pura Vida]と書かれた朴の葉ほどの大きさの葉っぱを見せてくれたの

を思い出した。
 
 「Pura Vida」はスペイン語の直訳で「純粋な生命」となる。純な

命、超意訳をするとありのままの自然の中で自然と一体になって生きる

ことかなとその女性と話した。彼女は私たちと会った前日に何かのツア

ーに入ったときの添乗員さんが葉にその言葉を書いて説明したくれたと

いっていたが、コスタリカ人は挨拶代わりに「Pura Vida」を口にする

らしい。だから「お元気ですか」「今日も一日自然とともに暮らしまし

ょうね」なんて意味も込めているかもしれない。

 少し早めにビルに到着したが既にタクシーらしき車とその傍に人待ち

顔の男性が立っていた。声をかけると私たちのタクシーだった。乗り込

んで次のホテルへと向かう。

 そのホテルはラフォルトゥーナからアレナル火山を回り込んだ反対側

にある。すぐに到着すると思っていたらとんでもない。繁華街を抜ける

とぽつぽつとリゾートホテルが建つ区域を抜け、建築物がなくなり対向

車もなくなる。道路両脇は木が繁っている。時々木の隙間からアレナル

火山が大きく見える。信号もない道を40分ほど走ってホテルの標識が

見えた。左折してすぐにゲートがあり、守衛さんがゲートを上げタクシ

ーは再び走り始める。ここからがホテルの敷地。しばらく走ってようや

くホテル本館に到着した。

 フロントでバウチャーを見せ、施設のマップで部屋のある棟を提示

し、鍵を渡された。とりあえず荷物を置いてからこれから過す3日間を

考えることにした。

 本館から木立を抜けて3〜4分歩いてロッジに到着。全面ガラス張り

で室内からアレナル火山が大きく見える。窓側は私たちが歩いた舗装道

路だけれどその向こうは庭が広がっている。室内からも室外からも丸見

えといえば丸見えだけれど不快感がないのは、広々した室内とホテルの

敷地が膨大に広いため。行き交うのは、散歩をしている宿泊客かホテル

従業員くらいで外部の人ではないし、どの人ものんびりと歩いている。

 彼らがこちらに顔を向けてものぞかれているという気持にならない。

目が合えば微笑むことができる。

 日本のホテルに泊まっても部屋からでて廊下を歩いているときやエレ

ベーターで一緒になっても微笑んだりはしない。あえて知らんふりをし

て無関心を装う。

 ずいぶん気持が違う。

 片づけを済ませてちょっと散歩を済ませて夕食を取るためにレストラ

ンへ。夕食はビュッフェスタイル。

 部屋に戻って、夜に備えて早々とシャワーを浴びてベッドの寝転が

る。部屋のライトを落として窓から真っ黒な火山を見ることにした。

 なかなか溶岩の流れが見えないので途中眠ってしまった。

 深夜に目が覚めると山肌を朱色の油絵の具を細く流したように溶岩が

流れていた。

 流れる音が聞こえてきそうなくらいにあたりは深閑としている。

 そのまま溶岩が流れるのを見ながら再び眠りに落ちた。
posted by ほたる at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月06日

コスタリカ 3月12日 その2

 ボートを降りた岸辺からは入植して農場を経営している方の敷地。

 ここで、手作りのチーズとフライにしたバナナとコスタリカコーヒー

を戴く。料理してくださったのはオーナーの娘さん3人。といっても6

0歳は超えていそう。にこにこと傍に座って勧めてくださる。もちろん

言葉は通じない。

 一休みした後に離れにオーナーさんがいらっしゃるので挨拶に伺う。

以前は出てきて一緒にコーヒーを飲みながらお話をしていたのだけれ

ど、ご高齢で足が弱ったため今はツアー客のほうが訪問をすることにな

ったとか。

 木が生い茂っている庭を少し歩くと小さな小屋が見えてきた。木のド

アを開けるとオーナーのドン・ホセさんがロッキングチェアに腰掛けて

いた。

 横にはベッドがあるだけの簡素な小屋。壁にはいろんな写真が貼り付

けてある。

 ツアーの若者がセニョール・ホセのスペイン語を英語にして通訳して

くれる。私たちのことをUSAからとJAPANからのお客だと紹介する。

 ホセさんはアメリカの大統領選のことを話し出した。クリントン候補

とオバマ候補が拮抗していた。彼はクリントンを応援しているのだと言

いながらどこで購入してきたのかクリントン候補の野球帽を出してきて

得意げにかぶって見せた。

 こういうふうに自分が誰を応援しているかを明確にするのは清々し

い。といっても、コスタリカンだからどちらを応援しようと投票できる

わけでも、利害関係があるわけでもない。だから気楽に口にできるのか

もしれない。

 次に日本からの私たちのほうにも向いて、何かスペイン語で話してい

るけれどわからない。

 「イロイト」という語が度々出てくる。

 添乗員たちも通訳に困っている。私たちのほうを見て、「コスタリカ

にない用語や歴史上のことや国の制度はまちまちなので訳せないことが

時々ある」と正直に言ってくれる。勝手に彼らが誤訳して誤魔化そうと

思えば誤魔化せるのに、そういうことはしないで分からないんだと言っ

てくれる方がこちらも嬉しい。

 でも、アメリカ人は判ったようにホセの話にうなづいている。

 そうしたら、アメリカ人が「あなた方(添乗員の青年と私たち)は若

いから知らないかもしれない」というようなことをポロリと言って助け

舟を出してくれる。

 突然、ホセの口から「マッカーサー」と「エンペラー」の単語が繰り

出された。

 「あ!昭和天皇!エンペラー!I see!」と叫んでしまった。

 ホセもアメリカ人も大笑い。

 アメリカの方々は70歳前後。コスタリカの青年が日本の歴史を知ら

ないのは当然としても、日本人でも60年も前の第二次世界大戦をろく

に知らない人が多いということをご存知だったので当初私たちがキョト

ンとしていても、仕方ないと理解してくれていた。

 でもわたしにすれば不甲斐ないというか情けない・・・。この年齢に

して昭和史をしらない中年のおばさんに見られたわけで・・・。

 そうだった。スペイン語でhは発音しない。昭和天皇の生前の名前は

裕仁。ひろひとと読み ローマ字で HIROHITO と綴る。これでHを無

視したらIROITO イロイトとなるわけ。

 亡くなって20年。お友達でも親族でもない方なので裕仁さんという

お名前もすっかり過去のもの。それが突然異国も異国、日本の反対側の

国の観光地の牧場主の男性から聞こうなどと思いもしなかった。不覚だ

った・・・・。

 コスタリカは直接日本と戦争をしたわけでもないのにこうしてご高齢

の方から天皇の名前が出てくるということはいかにUSAからの情報がふ

んだんに流れてきていたかという証拠でもある。

 でも、今日でチェックアウトするパライソトロピカルのルームにあっ

たテレビは衛星放送が入り多チャンネルだったが、日本の放送は全くな

かった。中南米の国、USA、スペインなどのヨーロッパに加えて中国、

韓国はあったのに。もう、コスタリカにとって日本の情報は特別必要で

も何でもないのだろうと容易に予想がついた。

 でも、ご高齢の方の頭には日本といえば、「マッカーサーと昭和天皇

のあのツーショット」なんだろうなあ。

 いやいや・・・。彼との会話は認識を新にさせてもらえとっても有意

義だった。

 お疲れになってはいけないので15分くらいの訪問で彼の小屋を後に

し、再びボート乗り場に。行く途中木のうえにサルが昼寝をしていた。

野生動物も飼っている。飼われていたらもう野生動物とは言わない??

でもあちらが勝手に入ってくるわけで・・・。サルにすれば自分たちの

敷地に人間が勝手に入ってきたわけで、人間がサルに飼われているとも

いえる。

 どちらが侵入したとか盗られたという人間の【所有】を取り除いてみ

れば人間が自然の中で生きている姿がこの農場はじめコスタリカ人の生

き方のようでもある。

 ボートに乗ってしばらくして再び陸に上がる。朝の小型バンがそこで

待っていた。

 車に乗ってしばらくすると「途中、立ち寄るところがある。そこでサ

プライズがあるのでお楽しみ」と説明があった。

 レストランイグアナ。ここは前日カニョネグロツアーに行く途中にも

立ち寄った。そのときは車道でもある橋から木の上で日光浴しているイ

グアナを見ただけ。今回はレストランのほうにも回らせてもらってイグ

アナを見られた。何匹かはレストランの敷地でじっとしている。

 動きが激しくないので近寄っても怖くない。かといって手を出すのは

ご法度。じっと見つめているとなんだか愛くるしく思えてくる。

 そして再びラフォルトゥーナの街に帰り着いた。12時を過ぎて13

時が近い。ホテルのチェックアウトタイムは過ぎていたので気にしなが

らだったけれど、苦情はなかった。急いで荷物をまとめて鍵を返した。

 次のホテルにいくための車が14時に来る。
posted by ほたる at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月14日

コスタリカ 3月12日 その1

 いよいよ旅の最終ラウンド。今日からの3連泊はな〜〜んにもしない

予定。

 今日の午後にアレナル火山の反対側にあるリゾートロッジに行くが、

午前中は急遽決まったボートツアー。

 ツアー終了予定が12時ごろと聞いた(つもり)ので12時のチェッ

クアウトにぎりぎり。チェックアウトして荷物はフロントに預けるか、

このまま12時までお部屋をキープしておくか悩んだが、少しは遅れて

もいいというのでお言葉に甘えて部屋に荷物をおいて出かけることにし

た。

 荷物を整えて必要なものはリュックに入れてホテルの前でまっている

と小型バンが到着。既にアメリカ人の老夫婦二組のグループが乗ってい

る。途中でもう一人若い男性をピックアップした。彼はコスタリカ人な

のか南米の人なのか顔立ちはラテン系。案内してくれる添乗員は20歳

を少し過ぎたくらいの若い青年たち。

 この8人で郊外にある川までドライブ。

 途中ジュカというお芋畑が広がる農村地帯を通過。ジュカはちょっと

紫に近い色をしていてほくほくした食感のお芋でコスタリカ料理ではお

なじみ。畑の周囲に囲いをして区切っているが囲いに使われているのは

木の杭。ところがこの囲いに使われている木(一見ただのひょろひょろ

した細い棒)は非常に強いらしく、土に指しておくとそのまま根を下ろ

し、枝葉を繁らせる。今はまだただの杭だけれど何年かたてば見事な木

に育ち、生垣になる。

 こういうさりげないところにもエコ感覚がある。工業化する以前の時

代のやり方を大切に生かしているコスタリカの姿勢は、似非エコをやっ

ている先進国は見習ったほうがいいじゃないかと思った。

 パイナップルは主要な輸出農産物。栄養も満点、消化を助け、腸の働

きも活発にしてくれる健康食品だとか。日本じゃアメリカ資本のパイナ

ップルしかないから買う気がしないので、あまり食べないけれど、コス

タリカでは朝食のフルーツには必ずパイナップルがついてくるのでずい

ぶんと戴いた。

 やがて、緩やかな流れの川に到着。ライフジャケットを配られる。ア

メリカ人のおじい様は巨体で「大きいサイズを」と希望したらしいけれ

ど、装着してみるとライフジャケットがずいぶんと上のほうにせりあが

っている。ご本人も「仕方ない」と笑っている。

 ゴムボート二艘を浮かべてアメリカ人の4人が一つに、私たちと男性

一人がもう一つに分かれて乗る。ボートのこぎ手が一人づつ乗る。

 ボートがゆるりと岸を離れて、川の流れに順調に乗った頃、添乗員が

「コスタリカに来てどこに行った?」と聞いてきたので前日はカニョネ

グロに行ってきたと言うと、ちょっと困った顔をしていた。カニョネグ

ロと今日のボートツアーでは見られる野生動物の数といい種類といい比

べ物にならないから。

 だれが添乗員だったかと聞いていたのでミスター○○と言うと当然の

ことながら知っていた。

 もう一人のお客さんとはやはりスペイン語でやりとりをしていた。

 岸辺にはバシリスクがあちこちで見られた。カイマンが川の中央を泳

いでいた。前日もカイマンは見たが、このときは観光船の上から見下ろ

す形、今回はボートからなので視線が低く手を伸ばせば水に手が届く。

そうした状況でカイマンをみるのは前日とは違う迫力がある。

 ホエザルの姿はみえないけれど、どうやらホエザルがよく来るポイン

トらしく添乗員が交互にホエザルの真似をして吼えると遠くで(こだま

じゃありません)本物が答える。ゆっくりとボートが進むと高い木の上

に数頭のホエザルがいた。一匹は子育て中で子どもが背中にしがみつい

ていた。

 鳥も数種類は飛んでいたけれど残念ながら名前は覚えられなかった。

 一時間あまりボートで川を遊覧して到着した岸辺で全員降りる。
posted by ほたる at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月24日

コスタリカ 3月11日 その4

 旅行社を後にして、夕食をするレストランの下見。まだディナータイ

ムになっていないので明かりも消している。覗き込んでいると自転車に

乗った若者がレストランの駐車場をくるくる回りながら私たちのほうを

見ている。白ワイシャツに黒っぽいズボンで一見高校生のようでもあ

る。何か言いたそうな雰囲気が伝わってくるが、いかにもアジア系の私

たち。声をかけかねているのかもしれない。こちらも話しかけられても

意味がわからないので、適当ににっこり笑ってレストランを離れた。 

 レストランの斜め向かいにある土産物店に立ち寄ってみた。子どもが

磁石を5個手にして、あと同じものが5個欲しいという。レジのほうを

みるとメタボのおじ様がデンと座っている。シャツの前をはだけて見え

る胸もお腹も「妊婦さん」。

 彼に手にした物を見せて「cinco(5個)」とだけ言うと、やは

りそれだけじゃ通じない。何が5なのか相手にはわからない。レジに持

って行った数も5個なんだから、「この5個を買いたい」と言っている

ようにもとれる。

 おもむろに旅の会話集を取り出して探してみると、そっくりな表現が

ある。いける!と思った子どもは、見ながら意思を伝えるとようやくお

じ様、お腹の中から声を出して(何て言ったか覚えてないが、「判っ

た」という意味らしい。)狭いスペースから立ち上がって、奥の部屋へ

行って同じものを探してきてくれた。

 数が10個揃った。おじ様はその辺にあるくしゃくしゃの紙をのばし

て一個ずつくるんでくれるが、子どもたちはくすくす笑いっぱなし。言

葉が通じないのをいいことに「ずいぶんざっとしてるよね」といいなが

らも満更でもない。日本くらいだよ、過剰包装は。日本が常識だと思っ

たら大間違い。それにしてもこのおじ様、大雑把なのはこれまで体験し

中でもダントツかもしれないけど。

 「Gracias!」と互いに言ってお店を後にする。

 外の日差しが少し弱くなった。

 通りを歩いていると、カニョネグロツアーと前日のバスで一緒だった

あのセクシーな彼女とすれ違った。

 さらに、あちらから若い集団がやって来た。見ると懐かしい顔があ

る。それはVilla Verdeで私たちの二泊目に泊まりに来たミ

シガン大学の生徒らしい。見慣れない白人の顔だから同じに見えること

もあるので確証はないけれど、私ら3人ともが「ミシガン大学」とピン

ときたので、あながちはずれてもなさそう。

 丁度洗濯物も出来上がった頃なので立ち寄った。綺麗にたたんで袋に

入れて私たちが取りに来るのを待っていたようですぐに出してくれた。

 Praiso Tropicalにいったん戻って洗濯物を仕分けて

翌日の買出しをする。翌日は午前に半日ツアー。そして午後はいよいよ

旅の最終章。3連泊をかけてアレナル火山の噴火を見るためにアレナル

火山の反対側にあるロッジへ行く。そのロッジの周辺には何にもない。

そのための非常食として水と菓子とパンを調達。スーパーにはカップ麺

もあった。「へ〜〜〜ここにもカップ麺があるんだ」と手にしたら○ッ

シンと○チャン。二社とも日本企業。どうやらコスタリカに進出して現

地の人の口にあうカップ麺を製造販売している。各自一種類づつ買って

みた。

 ホテルに買い物した物を置いたらお腹もすいてきた。レストランの開

店時刻にもなったので出かけた。

 前夜夕食を取ったところはガイドブックに紹介はされていたけれど味

は今一歩だったし、思い出せばお客さんもあまりいなかった。

 今夜のは現地旅行社にいた女性のイチオシ!

 案内されて店の中央のテーブルに案内される。といっても間口がそれ

ほどはないので、中央といっても安定感はある。

 グラスにろうそくを浮かしてテーブルに置いている。

 注文をとりに来たウエイターを見たら、さっき開店前のレストランの

駐車場にいた青年だった。そうか、私たちがまだ開店してないお店を覗

き込んでいたので、知らせたかったんだろうね。

 子どもらは「かっこいいよね」とかなんとか・・・。

 いかにもお酒を楽しむお店なのに、私は当然にしても、飲める子ども

たちも積極的にはアルコールを注文しない「おこちゃまグループ」。そ

れで「かっこいいよね」なんてよく言えるわ。

 ミックスサラダ、スープと肉料理、デザートは全て一人分。コーヒー

だけは3人分を注文した。分けて食べるお客さんにも慣れているのかそ

れぞれに取り皿もつけてくれた。

 食べていると隣の20人近く座れる長いテーブルにお客が来た。1時

間ほど前にすれ違った「ミシガン大学!」二十歳前後の若者に混じって

初老の男性2人が腰掛けている。きっと先生。

 あちらも「また会っちゃったよ」とでも話しているのか、ちらちらと

見ている子どもがいる。

 狭い国だってことね。

 夕食を終えて会計へ。前夜と同じくらいの量を食べて料金はほぼ同

額。味もよかったし、こちらのほうが賑わっている。ガイドブックを出

している出版社に情報提供するためお店のカードが欲しいといったら運

悪く切れていた。仕方ないので紙に手書きで住所と電話などを書いても

らった。

 外はすっかり暗くなっている。レストランの斜め前にあるあの土産物

店も明かりがともってレジに数人いるのが通りから見える。あのメタボ

のおじ様も見えた。そうや、彼と記念写真を撮ろうということになって

お店に入る。

 一緒に写真をとりたいと片言スペイン語でいうと大喜びでレジから出

て来てくれた。子ども二人が彼の両脇に立って写真を撮ったら、お店に

いたほかの男性がカメラを寄越せとボディランゲージ。彼のおかげで4

人の写真が撮れた。

 お土産店をあとにしてホテル正面の公園にあるアイスクリーム店。ケ

ースの中のアイスを見ていると満腹なのに食べたくなってきた。冒険し

てピスタチオのアイスに挑戦。こくがあって美味しい。

 夜の公園は歩いている人・ベンチで涼んでいる人がいるけれど喧騒は

なくて落ち着いた感じがした。公園を抜けてホテルに戻る。

 明日はこのホテルを後にするので荷造りをして早々に寝た。
posted by ほたる at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月16日

コスタリカ 3月11日 その3

 野生動物のツアーボートから岸に降り立つとすぐのところに私たちの

マイクロバスが待機している。車に乗ってロスチレスの町に戻る。朝、

トイレ休憩したレストラン到着。広々した屋外に屋根をつけて涼しく過

せるようにしている。

 コスタリカは常春の国といわれているが、3月の時期は乾季というこ

ともあって日差しはあるから長時間外にいると日焼けはするもののいら

れないほどの強い日差しではない。その上湿度が低いので日陰にいると

暑さを忘れる。

 そのレストランでは私たちのテーブルともう一ヶ所にもお客が来るら

しくグラスとナイフフォークがセットされている。

 席に着くと随時コスタリカ料理が出てくる。フルーツは別皿でマンゴ

ー、スイカ、パイナップルが盛り合わせて出る。そしてフレッシュジュ

ース。

 私の正面に子どもたち、私の右は東京からの女性、左はUSAの若い

女性。USAの女性は数年前に日本を半年ほど旅して回ったらしく高山

や広島が良かったと話してくれた。彼女はワシントンで弁護士をしてい

る。

 コスタリカに行く少し前にグアムで、25年前に日本の報道加熱元年

ともいえる「疑惑の銃弾・ロス銃撃事件」に関与したと言われる三浦さ

んが逮捕されたので、東京の女性が「三浦事件をどう思うか」と聞いた

ら、彼女は?????でした。やっぱりあんなの日本で騒いでいるだけ

の話でアメリカというか国際レベルの話でも何でもないことが判明。日

本で無罪になったのにアメリカの警察に逮捕されるのがどうこうなんて

アメリカでは報道価値ないってこと。

 こちらの食事がおおむね終わった頃、隣のテーブル客が到着したらし

くざわざわしているなと思ったら、聞こえてくる言語がJapanes

e!しかも「いかにも関西」という関西弁。振り向けばそこには、アロ

ハっぽいシャツに雪駄をはいた初老のおじさんといかにも関西のおばち

ゃんといういでたちの方々。日本からのパックツアーご一行。

 あちらもこっちのテーブル席にどないな人がいるんやろと言わんばか

りに見ている。

 食事が終わり再び車に乗り込む。しばらく走るとバスが止まり全員降

りる。そこはニカラグア国境で、石碑が立っている。その後ろには看板


が立っている。一部ペンキが剥げ落ちてスペイン語がわからないけれど

(ん〜〜〜、なんか言い訳っぽい。はげていなくても意味がわからない

のが事実。でも、辞書があれば読解は出来そう)コスタリカとまたいで

このあたりは動植物の保護区になっているらしく、ニカラグアの領土に

立つその看板にはニカラグアでの保護区の名称が書かれているらしい。

ラムサール条約でも指定されているようなことが表記されている。

 この周辺は湿地ながら平原になっていて放牧されている馬が草を食ん

でいる。左手がニカラグアで木の杭に有刺鉄線が3段張られている。一

番上の有刺鉄線でも私の胸くらいの高さだし、有刺鉄線をくぐることも

簡単に出来そう。とはいえ勝手に国境を超える勇気はないので、国境ら

しきあたりに数センチだけ足先を出して「国境越えした!」と記念写

真。

 再びバスに乗って一路、La Fortunaのダウンタウンへ戻

る。東京からの女性とも「またいつかどこかで」と挨拶して別れた。彼

女はこの後はカリブ海に面したトルトゲーロ国立公園へ行くとのこと。

 そこでは海がめの産卵が見られる。ちょっと季節としては難しそうだ

ったし、海がめの産卵なら15年ほど前に御前崎で見たことがあるので

今回は予定に入れなった。というかコスタリカで海岸はどこも計画にし

ていなかった。次回の課題として残して希望をつないだわけ。

 Praiso Tropicalに戻ると洗濯物が出来上がっている

はずと期待してフロントへ行くと部屋の鍵と一緒に袋に入った洗濯物が

朝渡したときのまま出てきた。申し訳なさそうに「朝、洗濯室が不調に

なって洗濯機がどれも動かなくなってしまい、宿泊室のリネン類も洗濯

が出来なくってしまった。ようやく動くようにはなったけれどリネン類

の洗濯をいましているので、あなた方のは申し訳ないけれど出来なかっ

た」とおっしゃる。仕方ない。近隣のコインランドリーを教えてもらっ

てそこへ行くことに。ついでに今日着た服で手洗いできそうにないもの

も入れて出かけた。片道数分のところにある洗濯店。軽量してお金を払

うと、数時間後に受け取りに来るようにと言われ引換券を手渡された。

 その足で郵便局へ行ってみた。小さく窓口は郵便のみ。前夜に自宅宛

てに書いた葉書が日本円で50円くらい。日本国から海外は70円なの

で少し安い。本当は葉書に使わないで、記念切手も欲しかったけれど英

語が通じなかったので断念。当然スペイン語では語彙も足らないし、持

っている旅行のスペイン語会話集にもそのバージョンはなかったのであ

っさりあきらめた。情けないことこの上ない・・・。

 翌日の午前から昼過ぎにかけて予定なし。のんびり過してもいいじゃ

んと思っていたのに、活動していないと気のすまない上の娘。旅行社に

行って何か半日のツアーを探そうと言い出す。ホテル正面の広場と教会

を中心にしてにぎやかな一角で町そのものが観光で成り立っているので

小さな旅行社はいくつもある。店頭に立てカンでツアーを紹介もしてい

る。それを見て一軒の旅行社に立ち寄ってみたが、こちらの都合のいい

時間帯で終わるものは用意されていなかった。結局再びAventur

as Arenal社へ行くことに。前日の女性がカウンターにいて歓

迎してくれる。洞窟ツアーもカニョネグロツアーもとても良かったとお

礼を伝え、半日のツアーの相談をした。サファリフロートが時間的にも

無理がなく、のんびり出来そうだったのでそれに決め、クレジットで払

おうとすると手数料分上乗せになるので現金のほうがいいと勧められ

る。何を勘違いしたか、私は現金はツアーから戻ってホテルに置いてき

たと思って、子どもを残してホテルにお金を取りに戻ることにした。数

十メートルほど歩いた時点でふとウエストバッグのほかのファスナーの

ところをあけると封筒に入れた現金があることに気がついて、戻った。

当然、子どもたちも女性も旅行社からホテルまでの距離をその速さで往

復できるはずがないので「もう、戻ってきたの?」驚く。

 「I’m a superwoman!」というと大笑い。

 支払いをすませ、バウチャーをもらって店を出る。
posted by ほたる at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

コスタリカ 3月11日 その2

 ロスチレスはニカラグア国境の町。ニカラグアに行くにはここから出

国する。国境のない日本からは国境のイメージがわきにくい。

 町を抜けてRio Frioのほとりに到着。

 Rioは川、Frioは寒いという意味のスペイン語。寒い川=冷た

い川ってこと?寒そうでも冷たそうでもない。むしろ暑いので川の中に

飛び込めば涼しいかも。ワニいるけど・・・。

 岸には数艘の観光船というか屋根つきのボートが係留されていてお客

を待っている。既に何艘かは川の中ほどをゆっくりと下っている(か上

っている。)日本の川のようにさらさらと流れていないのでどっちが上

流でどっちが下流かわからない。

 私たちのツアーは14名。他のツアーとは一緒に乗らないので船でゆ

ったりとできる。荷物を置きっぱなしにして席を動いて右舷・左舷にも

行きやすい。

 川は清流とは程遠く、茶色く濁っているけれど日本の河川のように両

岸辺をコンクリートで護岸なんてしていない。当たり前かも。日本の河

川行政は国際基準からいえばどうなんだろ??っていつも思ってしま

う。

 熱帯林だけあって岸辺まで木が迫っている。川面に枝が覆いかぶさら

んばかりに枝垂れている。そう、こういう風景って西表島でも見た。

 出航してすぐに向こう岸にゆっくりと近づくとその茂みと倒木の影に

カイマンが目と鼻先を出してのんびりしている。すぐ先の枝先にはヘビ

ウがいる。エンジンを切って流れに任せてゆっくり近づく。

 どのお客さんも十分堪能してカメラにおさめた頃にゆっくりとまた動

き出す。 

 マングローブスワローがボートすれすれまで接近して飛ぶ。決して野

生動物に餌は与えないので、餌目的でボートに近づいているわけではな

さそう。

 動物が可愛いいからといってやたらと餌を与えるシーンによく遭遇し

た昔の日本。観光船からウミネコにポテトチップスを手から与えたり公

園の鯉にやる麩を買わせたりなんて昔をよく見かけた。最近もどこかの

動物園(?)で観光客が餌を与えすぎてメタボになったサルの一群をテ

レビで見たけれど・・・。

 マングローブスワローに見とれていると上空にタカの一群が現れた。

といってもかなり高いところを飛んでいるのでゴマつぶをばら撒いたく

らいにしか見えない。なぜ、Hawkといえたんだろ?

 水の上に倒れ掛かった幹をガイドさんが指差す。よく判らない。じ〜

〜〜っと目を凝らすと幹の川に面した方、つまり下側に保護色になって

何かが一列に張り付いている。

 Long nosed Bat 

 直訳 鼻長こうもり 

 正式和名ハナナガサシオコウモリ

 子どもたちと「直訳して鼻長こうもりだね」と言っていると、ガイド

さんが日本語でどういうのかと聞いてきた。「Hananaga ko

umori」と教えると何度か繰り返していた。なるほど、こうやって

一つ一つ言葉を頭の辞書に記録していくんだ。

 ガイドさんは視力もかなりいいようで肉眼で動物を探し出す。もちろ

ん私たちも目をきょろきょろさせ、じ〜〜っと目を凝らして探すけれど

プロにはかなわない。

 わたしは近視なので眼鏡をかけて肉眼で探すけれど、ブッシュまで遠

いと双眼鏡を使いたくなる。でも、これ眼鏡の上からは使えないので眼

鏡を取らないといけない。そのうち何か動物を発見したらカメラにおさ

めたくなるので手は双眼鏡からカメラに持ち替える。急がしいったらあ

りません。

 途中でギブアップしてカメラをまずあきらめた。というのが一眼レフ

でもなんでもないデジカメなので最大の倍率にしても「どこに写ってん

の??」となる。それじゃ、せっかく熱帯雨林に来ても何しに来たのか

わからない。私の記憶もずいぶんあやふやになってはきているけれど、

せめて「ただただ、忙しかった」っていう思い出よりも「のんびりボー

トに揺られて多様な野生動物に出会った」っていう思い出のほうが良い

に決まってる。なので途中からはカメラはいい加減にした。

 見つけやすかったのは「あの」グリーンバシリスク。このとかげ、コ

スタリカ関連の番組で動物がメインだと必ずといっていいほどお目見え

する、別名ジーザス・クライスト。

 何故「あの」なのかっていうと以前にもブログで書いたけれどグリー

ンバシリスクって爬虫類なんだけれど、後ろ足二本で立ち上がって水面

を走ることができる。そんな「奇跡」をみせてくれるということでジー

ザスクライストなんて別名になったんだと思う。

 とってもきれいで鮮やかな緑色をしているので倒木の上で休んでいて

も目立つ。水の上を走ってくれたらもっと目だったかもしれないけれど

残念ながらそういうチャンスはなかった。でもこのトカゲずいぶん生息

しているらしいので、ガイドさんや地域ですんでいる人は水面を走る姿

を見るチャンスは多そう。運がよければ観光客もそういうシーンに出会

えるかもしれないけれど、少なくとも今回はなかった。

 突然ガイドさんが上を見上げて吠え出した。高い高い木のうえをホエ

ザルの一群がいる。つられて本家本元のホエザルも吠え出す。しばらく

眺めていると全員で枝を伝って移動始めてしまった。

 ヘビウ フクロウなど20数種類くらいの動物を見たけれど、名前を

全部は覚えられなかった。

 船が走行しているときは、日本からきた女性といろいろおしゃべりし

たり写真もお互いに撮らせてもらった。

 約3時間の船旅。船にはジュース類がクーラーに入れてあって好きな

だけ飲めるけれど忘れていた。第一、飲もうという気持にならない。動

物がいてもいなくても景色を見ているだけでも楽しい。心が満たされる

と別に間食なんてしたいという気持にならない。

 それでも陸に戻ってこれからランチだと思うとお腹がすいていること

に気がついた。

 再び車に戻ると一番後ろに座っていた私たちだけが知っている果物が

入っていた籠やら何を入れていたのか判らないけれどクーラーボックス

がなくなっている。どうやらそれは食材だったらしい。ボートに乗って

いる間にドライバーさんがレストランに持ち込んだらしい。

 そしてランチをするために私たちをレストランに連れて行ってくれた。 
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2008年06月06日

コスタリカ 3月11日 その1

 あさ、5時半に起床。

 宿泊しているホテルは朝食はついてないので、前夜スーパーで買った

パンと水、ジュースを室内でとった。

 ここは洗濯のサービスがある。セルフではなく洗濯物をフロントに持

ち込むと乾燥までしてくれる。洗濯物の重量に応じて値段が決まってい

る。洗濯が仕上がって洗濯物を受け取るときにお金を払えばいい。

 丁度一日ツアーに出かけるのでその間に洗濯が終わっていることにな

るのでそのままフロントにお願いした。

 今日も昨日と同じ現地旅行社に申し込んでおいたカニョネグロツア

ー。

 ニカラグア国境近くの熱帯雨林はカニョネグロ国立野生保護区になっ

ている。ここを流れているフリオ川をボートで遊覧しながら野生動物を

ウオッチングする。

 3月はドライシーズンなので動物が結構見られるらしいけれど、あま

り欲張らずに見れたらいいやくらいの気持で行くことにしていた。なん

といっても見られなくてもいいやと思っていたケツアールが見られたの

でこれ以上望むのは欲張りというもの。

 帽子、サングラス、長袖、日焼け止め(一応遊覧のボートは屋根つき

だけれど)、カメラ(とても野鳥がまともに撮影できる代物ではないけ

ど)、眼鏡(老眼になったからといって遠視になったわけじゃない)、

双眼鏡(オペラグラス程度のもの)などをリュックにつめてホテルのロ

ビーで待つ。

 小型バンが数名のツアー客を既に乗せてやってきた。

 ア〜〜〜、二日前にアレナル湖で乗った船にもいたカップルがいる。

このカップルは忘れられない。二人とも超〜〜美形でずっと離れない。

離れないというか接近しすぎというか、目のやり場に困るくらいにくっ

ついている。おまけに彼女はノー眼鏡(眼鏡じゃありません。こん

な形の下着)。

 目立つなんてモンじゃありません。私が意識しすぎなのかも知れない

けれど、野生動物ウオッチングよりもカップルウオッチングのほうが面

白い???

 ま、それはおいといて。

 次のホテルで乗り込んできた人を見てまたまたびっくり!

 アレナル湖で船を下りて乗るバスを待っている間にお見かけした日本

人らしい女性。私の前の席に座る。

 こうなると彼女は決してサンホセで旅行社を経営している女性ではな

く、観光客ということになる。

 恐る恐る声をかけようとしたら、彼女のほうが私たちのほうに体を向

けて「日本の方?」と尋ねてきた。

 「Si!」スペイン語も板についてきた?

 日本語で話しかけられたんだから日本語で答えりゃいいのに、緊張が

続いているので家族と話すとき以外は何か言われたら、頭のスイッチが

〈英語〉か〈ちっとも使い物にならないスペイン語〉に切り替わってい

る。不自然なくらい変なところでスペイン語が出てくる。こっちのほう

が恥ずかしいのに・・・。

 彼女は一人でコスタリカを回っている。なかなかの「ツワモノ」。

 数ヶ月に一回は海外に出かけているらしいけれどほとんどはパックツ

アー。今回だけはとある旅行社に手配旅行で組んでもらったという。

 私たちが自由旅行で動いているというと予算は?と聞いてきた。まだ

途中だから正確にはいえないけれど3人で銀行 円程。彼女1人分

は私たち3人分よりも少し低額だった。ってことは1人当たりで換算す

ると・・・・。

 利用しているホテルのランクもルートも少し違うので一概にはいえな

いけど、それでも相当安く私たちが動いている。

 しかも彼女と私の気が合ったのは、彼女もマイナーなところ優先で行

きたいということ。なのでいつでも行けるヨーロッパには行ったことが

ないとのこと。同感!

 いろいろとこれまでの旅の話を伺わせてもらえた。

 ニカラグア国境までは二時間ほど。

 途中コスタリカ料理でよく使われるジュカという芋の畑が広がってい

た。畑の柵にはひょろりとした木の杭が1メートル余りの等間隔で植え

られている。この杭に利用されている木の生命力は強く土に根を下ろし

枝を伸ばして育つため、いつの間にか畑の周囲は木立になる。

 ジュカという芋は茹でたのをよく食べたがサツマイモのような食感で

おいしかった。

 コスタリカではお米が主食だしお芋や豆もよく使われている。材料は

日本と似ているけれど調理法が違うので目新しい。果物はやはり熱帯地

方だけに豊富。

 道中パイナップル畑、サトウキビ畑もあった。高い山があるというよ

りもなだらかな丘が続いている国土という感じで九州と四国をあわせた

くらいの広さしかないのにどこを走っても「のどか」という表現がぴっ

たりくる。

 10時過ぎにロスチレスの町に到着した。
 
 さて、これから船に乗り込む。 
 
 
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2008年05月29日

コスタリカ 3月10日午後

 Praiso Tropicalは公園の正面。その公園で簡単にラ

ンチを取った。

 コスタリカ首都のサンホセで泊まったエルマラガトも公園の斜め前だ

ったから今回は心のどこかに「公園」が引っかかっていたのかな?環境

は賑やかながら便利。

 チェックインまでまだしばらく時間があったので、ホテルとツアーを

予約した現地旅行社に行くことにした。

 今回の旅ではメールのやり取りでいろいろと契約を済ませたけれど、

この旅行社の担当者が一番丁寧だったし、ファックスも滞りなくでき

た。一度顔を出してお礼とツアーの出発の確認をすることにした。

 ホテルと同じ通りに面して徒歩5分くらい。

 女性が一人でカウンターにいる。私とやり取りした担当者かと思って

尋ねると違う。担当した人は今日は来ていないというのでカウンターの

彼女と話をしてツアー確認をした。問題なし。
 
 再びホテルに戻る。部屋に案内されてびっくり。天井が高い!天窓が

明るい。ただし、窓がないのでアレナル火山は見えない。ラフォルトー

ナの町からは富士山のような端正なたたずまいが楽しめるけれど、溶岩

流は見られない。溶岩流は違う方向の山肌を流れ落ちている。

 日中、町を歩いているときに火山の姿は楽しめるし夜はどうせ真っ暗

で何にも見えない。

 溶岩流はここの次のホテルで堪能できる予定なので別段構わない。

 この町に来たのはこの町から出発するツアーに便利だからで火山の姿

を楽しむのは二の次。

 どうやらこの部屋は礼拝堂に使われていたようで壁にそれらしき痕跡

がある。室内は広々としてる。

 前夜の宿ではシャワーが使い出して数分後には水になったのでゆっく

り体を洗えなかった。ここでは安定してお湯が出るようなら体を洗うこ

とに。シャワールームも広いので娘たちは二人一緒に入った。

 途中で「冷たい〜〜」と叫ぶ声もあったがしばらくしたら再び熱い湯

が出始めたらしい。そのあとで私も浴びたがずっとお湯が出てくれた。

久しぶりにさっぱりできた気分。

 さて、今日のメインメニューは洞窟探検!

 これは地球の歩き方にも紹介されていない。その旅行社のツアー一覧

にあった。4〜5時間で体験できるので丁度いい。

 午後2時出発なので夕方に戻ってきたら夕食をとって、翌日の朝食を

スーパーに調達する余裕もあると踏んでいた。

 ホテルの部屋で貴重品を身につけた。洞窟の中は夏涼しく15度くら

いという「日本の常識」があったので長袖もリュックに入れた。靴はも

ともと紐靴で来ていたのでOK。よし!準備完了と期待に胸を膨らませ

てホテルのフロントでツアーのバスを待った。

 2時ジャスト、小型バンがきた。小柄でがっちりした男性が運転席か

ら降りてきた。バウチャーを渡して人数確認をしたら乗るように促され

た。走り出した車の中で午後の部のツアーは私たちだけだと伝えられ

た。午前の部ではカナダ人の団体とインド人の団体をあわせて20人余

り、それを一人で案内したという。

 「あなたたちは3人だからラッキーだ。」そう私たちにとっても彼に

とっても。

 いったん彼の家に立ち寄った。庭には5歳の女の子、家の中には12

歳の女の子と生まれたてのあかちゃんとお連れ合いがいた。

 再び外に出て脚に合う長靴を試着してみる。決めた長靴とヘルメット

(ヘッドランプ付き)と懐中電灯を積み、彼のもつ道具箱を置いて再び

車を走らせる。
 
 「着替えは用意しているね」「?????????????」
 
 「NO」

 洞窟内では水の中を行くのでびっしょりになるから着替えは必要だと

いうではないの。そんな注意事項や持ち物情報はサイトにはなかった。

 3人の顔から笑みが消え、ドヨ〜〜〜ンとした空気が車内に漂う。全

身びっしょりなんて洗濯しないとだめじゃん。夕食とって翌日は朝7時

半出発のツアーなので朝食をスーパーで買ってこないといけな

い・・・。大丈夫だろうか?でもいまさら止めますともいえない。頭の

中をいろんなことが駆け巡る。

 彼は再び車を家に向かわせてバスタオルと短パンを持ってきた。 

 そのとき水がだんだんとひざ、太もも、腰、胸、首辺りまで来るとジ

ェスチャーで教えてくれる。

 ハ・ハ・ハと笑いながらも心中穏やかならず。30分ほどでキャンプ

場のようなところに到着。個人用のシャワールームがあり、そこでズボ

ンから借りた短パンに着替える。

 車に戻って長靴をはいてヘルメットをかぶる。手荷物は車において手

には懐中電灯のみ。カメラは彼の道具箱に入れてもらう。

 その段階でようやく首まで水につかるというのがジョークだというこ

とが判った。おそらくこのジョーク、アメリカ人だったら引っかからな

い。ストレートに受け取ってしまった自分が恥ずかしい。

 長袖を持っていったほうがいいのではないかと聞くと中は暖かく汗び

っしょりになるという。ここでも日本の鍾乳洞とはずいぶん違うらし

い。

 キャンプ場の横からなだらかな斜面を下ること5分。ぽっかりと大き

な穴が開いていた。

 入り口で写真を撮ってくれる。Before & Afterのまず

Before.

 彼が最初に次に子どもたち、そして私の順。
 
 入ってすぐに暗くなりヘッドランプと懐中電灯を消すと漆黒の闇。上

下左右前後がなくなった気分で心もとない。もちろんすぐにランプをつ

けて出発。水はまだチョロチョロと岩をぬらす程度。鍾乳石があちこち

の見られる。規模としては秋芳洞や龍泉洞に及ばないものの整備がされ

ていない自然のままの洞窟を歩くのでスリルはある。細い縦の隙間を体

を横向きにしてすり抜け、10センチ程度の水深を歩く。天井には蝙蝠

がいるがそれほど多くはなかった。

 だんだん水の量が増えとうとう長靴より上に来てしまい靴の中は水浸

し。水に上がると靴が重いので足先を高く上げて長靴の中の水を出すも

ののすぐまた水の中。なだらかな球面のような床面をじっと見るとテー

ブル珊瑚。昔は海中だったらしく一部珊瑚の化石が残っている。でも正

直な彼は「観光客が歩くので少しづつ摩滅している」

 身長よりも高い棚に這い上がるときは彼がまず足を引っ掛けるところ

を示し、手本をしてくれた。彼はひたたび下に降りて見ていてくれる。

だめだったらお尻を押し上げてくれるつもりだったらしい。でも、全員

クリア。午前の部では少し高齢の人もいたので20人余りの人を揚げる

のは時間もかかったし疲れたと笑いながら話す。

 洞窟内はちょっと蒸し暑く大勢のお客を案内するのは汗だくになるか

も。ただ歩いたりよじ登ったりするだけでも汗ばむ。

 一番奥はパパイヤの形をした鍾乳石。その前で3人の写真を撮ってく

れた。

 さて、帰り道。途中からは来たときとは別の道をたどっていたらしい。

 あるところで手を突くとぬるっとしてた。蝙蝠の糞。げ〜〜っ。

 急いで流れる水に手を浸した。それほどいないと思って甘く見たツケ

がきてしまった。

 明るい外光がだんだん強くなって外界へ戻れた。

 そこでAfterの写真を撮ってもらう。

 斜面をよじ登って駐車場へ。まず、しっかりと腰掛けて長靴を脱がせ

てもらう。とてもじゃないけれど水浸しにした長靴は自分ひとりでは脱

げない。シャワーを浴び、着替え、ジュースを戴いて一休み。

 彼と一緒の写真を車の前で撮る。

 そして一路ホテルへ。

 綺麗な英語を話すので聞いてみたら観光旅行業者対象に英語の研修が

ある。それプラス独学。

 その後は日々お客さんを案内して教えてもらいながら上達したとい

う。やっぱり必要性に迫られてやる語学でないとものにならない・・。

 ホテルについて下車し握手・・と思ったらハグされてしまった。

 こういうのにも慣れておかないとなあ。
 
 日本で友人をハグできるようにしないと・・・・。でも、「ハグして

もいいでしょうか」って今さら聞くのも変。でも聞きもしないで、友人

の顔を見るなり両手広げてハグしにいったら逃げられそう。

 そうだ!だれかれ構わずハグする人を友人に探せば困らない。

 どこかにいない?ハグで挨拶する人。

 さて、ホテルに戻って荷物を片付けて夕食。ガイドブックに紹介され

ていた近くのレストランに。

 なんだか閑散としていた。お昼に旅行社で教えてもらったレストラン

に翌日は行ってみることにした。
 
 
 
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2008年05月25日

コスタリカ 3月10日 午前

 CASA Tranquiloの夜はハンモックのあった二階ロビー

で数人の若者たちがなんだかざわざわと話をしていたらしいけれど熟睡

した。

 朝は暗いうちに目が覚めてしまった。子ども二人が早朝からお店を開

いているパン屋に行った。

 買ってきたパンを持って一階の食堂に行くとミルク、バナナ、生卵、

食パン、ヨーグルト、コーヒーが用意されている。生卵は二階のキッチ

ン(前日ちょっとだけ掃除した)で調理して簡単な朝食が終わり。

 今日でモンテベルデともお別れ。

 ホステルまで予約したシャトルバスが来るので、それに乗ってアレナ

ル火山の近くのラフォルトウーナという町へ向かう。

 バスは7時半に来る予定だったのでホステルの前で待つ。とっても天

気が良くて日差しがまぶしい。猫がじゃれてくる。

 シャトルバスが到着してバウチャーを渡し、荷物を後ろにのせて車に

乗った。ところが運転手さんはホステルの中へ姿を消した。

 しばらくしたら一人旅の女性も車中の人になった。

 町を抜けてしばらくすると、なだらかな丘や牧草地をぬっている道を

走り出した。同一方向に行くシャトルバスがもう一台あったけれど、そ

れ以外はほとんど対向車もない。柔らかい日差しを浴びて牛が一列に並

んで今日一日過す牧草地に移動している。どの牛もやっぱりスリム。

 一番後ろの席だったこともあって、車に弱い娘が気持悪くなってしま

った。途中、トイレ休憩ではもちろん車から降りて美味しい空気を吸う

ことに。

 レストランの横にある池のほとりでおなかの部分が山吹色のアメリカ

ムシクイという小鳥が数羽、飛ぶ虫や池の中の虫を見つけてはくちばし

で捕らえては飛び去っていく。でもすぐにもどって来てじっと池の中を

見つめている。飽きることなくみていたら休憩が終わり。

 さて、さっきの席に乗り込もうとすると運転手が車酔いした娘を手招

きし、前のほうの席の女性と入れ替って座るようにしてくれた。

 ちょっとびっくり。娘の席は運転手のバックミラーでは見えてない位

置。いつの間に彼は彼女の状態がよくないことを見つけたんだろう。そ

して気がついたら言葉が通じなくても他のお客さんと位置を替える。た

だ人を目的地に運ぶだけでハンドルを握っていたわけじゃない。

「ん〜〜〜、プロだ!」と感心した。

 再び車が走り出すがどこまで走っても町はない。平屋のこじんまりと

した農家がぽつんぽつんとある。

 サンホセの町外れにあった民家も平屋で似たような作りだったけれ

ど、大きな違いがあった。サンホセなどの町の民家は鉄格子で囲ってい

る。一見牢屋のように見える。鉄格子の向こうの庭にロッキングチェア

を置いて座って道行く人を見ていたりする。

 それが田舎になるとそうした鉄格子の家は少ない。

 どうしても都市化するといろんな人が流れ込んでくるので鉄格子が必

要になっちゃったんだろうと思うけれど。せめて塀くらいにしたらいい

のに・・。景観があまりよくないと思うのは日本の家しか知らないか

ら?
 
 10時ごろアレナル湖のほとりのお土産店で再びトイレ休憩。ここは

さっきのレストランよりもにぎわっている。同様のシャトルバスが10

台くらい止まってお土産店も盛況。

 一台のシャトルバスはハングル文字が車体に大きく書いてある。韓国

人が経営している旅行社のツアーバスらしい。

 15分ほど経過しても出発しない。湖のほとりに観光船が接岸してお

客さんが下りるとまた別のお客を乗せて出航する。そんなのをみていた

らしっかり日焼けしてしまった。

 そろそろバスに乗るのかなと振り返ってみても運転手さんも見えな

い。置いていかれても困る(そんなことはないだろうけれど)、少なく

とも気がつかないうちにみんなが乗車してしまっていたら迷惑をかける

なと思ったので同乗のお客の姿を視野に入れておいた。

 再び一艘の観光船が接岸。するといつの間にか運転手が「荷物を持っ

てあの船に乗れ」と声をかけてきた。

 ここでようやく、申し込んだトランスポーテーションは途中アレナル

湖を船で渡るというものだったということがわかった。ネットではそん

なの書いてなかった気がするけれど・・。でも、得した気分。運転手さ

んとはここでお別れ。

 さっそく船に乗り込んだ。屋根がついているので日差しや雨は防げる

が窓はないので景色がよく見える。風も心地よい。乗るとすぐに乗員が

宿泊のホテルを一人ひとり聞いて回ってきた。

 船の進行方向正面が噴煙を上げているアレナル火山。うす曇になって

きたけれど富士山のようなコニーデ型の左右均等の姿全体が見える。

 30分くらいで対岸に到着して船を下ろされる。

 やっぱり多くの観光客がいる。ツアーバスも何台か止まっている。と

いってもさっき降りたシャトルバスが待っているわけでもなさそう。

 ちょっとはなれたところにアジア系の顔つきの初老の(後期高齢者ま

ではいかない)女性が立っている。サファリ用のベストを着、手荷物も

小さい。彼女のたたずまいから「強さ」がにじみ出ている。

 コスタリカ人の運転手らしい人と言葉を交わしている。そんな姿から

サンホセで日本人女性がやっている旅行社の経営者さんのように見えて

しまった。その旅行社はとくに日本の若いバックパッカーにいろいろと

安く旅行を手配している老舗。

 アレナル湖のほとりの彼女のようすがどこか「慣れ」を彷彿とさせる

だけに、もしかしたら旅先の調査にでもきたのかなと想像し、近くにい

ったらちょっと話しかけてみようと思っていたのに、先にバスに乗って

行ってしまった。

 ラフォルツーナ行きのお客を呼んだのでそちらに行くと乗るように言

われる。再びバスに乗ってアレナル火山のふもとをぐるりと迂回するよ

うに走って30分ほどでラフォルツーナに到着。

 ここは、サンタ・エレーナよりももう少し整った感じの町。

 順次ホテルの名前を運転手さんが言うのでPraiso Tropi

calの前で下ろしてもらう。

 半日バスの移動だったけれど、船に乗り換えたりしたので退屈するこ

となく移動できた。

 Praiso Tropicalではまだ12時前だったので部屋の

掃除が終わってない。あと30分待ってくれと言われたので、ホテル前

の公園へ行ってみた。

 丁度昼休みでもあるせいか市民がくつろいでいる。公園の正面は教

会。ラフォルツーナではロケーションは一番良かったみたい。一休みし

て再びホテルへ戻りチェックインを済ませた。
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2008年05月19日

コスタリカ 3月9日午後その2

 モンテヴェルデでは一応熱帯雲霧林も堪能しキャノピーも体験したの

で、別のところに移動してもいいくらいだったけれど、モンテヴェルデ

から一番近い町このサンタエレーナにきたのは理由がある。

 ホステルもCASA TRNQUILOにしたのはここから徒歩4分

くらいのところにラナリオというカエル園(生きたカエルを展示してい

る)がある。

 自然が豊富に残されているコスタリカではカエルの種類も豊富。ただ

いくら自然が保護されていても少しづつ環境破壊が進んでいるため、い

くばくかのカエルも絶滅危惧種になりつつあると報道されていた。

 カエルもその辺を歩いているだけでは遭遇しないし、夜のほうが活発

に動き回るので、日中と夜の二回ラナリオにいくことにしていた。チケ

ットは二日間有効で何回でも利用できるので充分活用することに。

 今回の旅で子どもたちは国際学生証を取得しないままだったけれど、

とりあえず日本の大学の学生証を持参してきていたので受付でそれを見

せたら学生料金で済んだ。モンテヴェルデ野生保護区でも同様に日本の

学生証でOKだった。

 園内は温室のようで天井からは自然光が入ってきている。カエルは一

種か二種ずつガラスケースの中に入れられていた。

 昼間なのでカエルたちはケースの中の植物の葉っぱの裏や転がってい

る円筒形の筒の奥のほうにひっそりとしている。見つけるのも一苦労だ

けれど、楽しい。

 日本人にとってカエルの色は緑か茶色がほとんどで、いかにも鳥なの

で天敵に見つけられないような保護色で地味。おそらくその方が少数派

だと思う。

 コスタリカでは体の緑色でも目の周囲が朱色のアカメガエルが有名。

アマガエルのように緑色だけのもいるけれど、展示をしているのはやは

りコスタリカならではの独特の体色のカエル。

 水饅頭のように透明感のあるVidrio

 金色にほんのりと輝くLancasteri

 水色に黒の模様が入っているAuratus

 真っ赤なヤドクガエル     などなど

 真っ赤な色は目立つのでカエルの体は1センチ程度でも発見はしやす

かった。

 一周していったん出たけれど再入場。それほど時間差はなかったので

カエルはあまり移動していなかった。昼間なので動かないし・・。

 夜はガイドツアーに入ることで予約をしていったんホステルに戻る。

近いと何度も行くことも苦にならない。

 夕方子どもたちは疲れたのかベッドで寝てしまった。私は暇なので近

くのスーパーへ探検に。 

 居住者用のスーパーなので肉もキロ単位くらいで売っているしチーズ

も大きいのでとても一泊しか滞在しない身には買えそうにない。不思議

なのはバナナなどの果物はあるのに野菜がないこと。レストランでは生

野菜であれスープの具であれ結構野菜は入っていた。野菜はスーパーで

は扱わないんだろうか???かといって町を歩いてみても八百屋さんの

ような店は見当たらなかった。観光地だからもう少し外れに行くと売っ

ているのかと思ったけれど、夕闇が迫っていたので人通りを外れた道に

入って迷子になると困るのでそれ以上の探索はしなかったけど。

 結局、お昼を充分に戴いたせいかそれほど空腹にならなかったので部

屋で簡単に食べられそうなものと飲料水を購入して戻った。

 子どもたちも目が覚めたので簡単な夕食を取ってまたまたラナリオ

へ。あたりはすっかり夜になっている。歩道もなくゆるくカーブした上

り坂の道を4分。ラナリオにつくと大型の観光バスが数台来ていた。

 受付へ行くと丁度団体が入ったのでしばらく待って欲しいとのこと。

 英語の通訳は人数がそれほど多くないので外国人客が押し寄せると、

足りなくなるらしい。こちらも前方を団体さんがいるとそれなりにわさ

わさとにぎやかなので、しばらく時間をおいてくれたほうが好ましい。
 
 十数分後、出発。私たちはアメリカ人観光客何組かと合計12人くらい

だった。少なくてよかったけれどそれでも、ガラスケースでカエルをみ

るのは順番待ち。
 
 コスタリカには何種類か毒ガエルがいるけれど、ほとんどがカリブ海

のほうから入ってきた。毒ガエルは日中動くので、鳥に見つかりやすい

けれど、逆に体色が目立つため鳥たちには毒があることを知らせ身を守

っている。逆に毒のないカエルは日中はひっそりと身を隠し、夜になっ

て鳥が休んでから動き出すため派手な色は不必要。

 説明を受けていたら、足元にさそりが出たというかいた!サイズは6

センチくらい。アメリカの若い女性たち数人はビーサンにミニスカート

で素足のまま。さすがに驚いて大騒ぎに。

 ガイドさんは慣れているのか、尻尾の針に刺されないようにさそりを

つまみあげて何か説明してくれようとしたけれど、さそりが落ちた拍子

に驚いた女性が飛び上がり着地した足の下敷きになってさそりは死んで

しまった。 踏みつけたというよりもタイミングよくさそりが足の下に

滑り込んでしまったみたい。

 別のカエルのケースのところでは、そのケースの脚部の横に穴が開い

ていて、そこにはタランチュラが生息しているらいい。ガイドさんが懐

中電灯で照らして覗き込み、お客さんにみてみるように促していた。ま

たまたタランチュラ。日本のモンシロチョウ並みに身近にいるというこ

となのね。蜘蛛ですら大騒ぎする虫嫌いじゃコスタリカには行けそうに

ない。

 ガイドツアーが終わってからもう一回自分たちで回った。閉館時刻も

近くなっていたのでお客も少なく静か。

 合計4回もラナリオで遊んでしまった。

 ホステルに戻る途中、走る車のライトもまぶしいうえにさすがに町な

ので街灯もところどころある。それにも関わらず空の星が無数に見え

る。近視の私ですら。

 こうなると日本で星が見えないのが街灯だけのせいでなく空気が汚れ

ているということでもあるのだと思わざるを得ない。
 
 環境よりも経済優先の国だからね。今回のガソリン税だってインタビ

ューに答えている人、誰もがガソリンが安くなってガソリンを使いまく

り、再度値上げすると買い控えるという行動をとっていた。高くて困る

という意見はテレビでも巷でも聞こえるけれど、ガソリンが高くなった

し環境のことを考えて車を手放すことにしたとか、環境のことを考えれ

ばもっと高くてもいいなんて意見は聞かなかった。
 
 こんなことじゃコスタリカのような星空が再び日本で見られるという

ことは望めない。
posted by ほたる at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月11日

コスタリカ 3月9日午後その1

 CASA TRANQUILOこそ、まさしく自宅から電話をしたホ

ステル。朝忙しい時間にかけて迷惑をかけちゃったかなと思ったけれ

ど、どうやらここはバックパッカー用のB&Bで自炊もOKというだけ

あって、朝食もオーナーたちはほとんどノータッチ。

 階段を上がったらすぐのところにあるロビーにハンモックとロッキン

グチェアがあったがその横には簡易の炊事場もちゃんとある。でも、使

っている人いるのかな???という感じでちょっと汚れていたし調理用

油も切れかけていた。冷蔵庫の中にも誰かが残して行ったらしいピーマ

ンまである。食器もさっと洗った程度。フライパンも麺がちょこっとこ

びりついている。

 暇もあったので食器を洗って、水切り籠もついでに洗っておいた。

 洗濯もできるとあったのでオーナーに相談すると6ドルで洗濯機も乾

燥機も貸してくれる。手洗いができない衣類は全て洗濯した。

 乾燥機で乾燥が終わるまで時間がかかったけれど完璧に洗濯物が片付

いた。

 乾燥の間、一人の娘がどこか探索して来たらしく手に白いコピー用紙

に印刷された周辺の地図を持っている。そんなマップはこのホステルに

はなかった。

 聞くとホステルを出て左すぐに「Infomation」があったのでそこでも

らって来たと言う。おかあさんも行ってくるといいよ、いろいろ周辺の

ことも話してくれるしと勧める。

 行ってみるがどうもおかしい。確かにInfomationという看

板はあるし矢印でこの道を入るようにとなっているけれど、その道を行

っても先にあるのはCabinasEddyというほかのホステル。

 入る道を間違ったかと戻って看板を見るけれどやっぱりその道しかな

いから間違ってない。CabinasEddyの二階からどうやらオーナーのご夫

妻らしい人がロッキングチェアに座ってそんなウロウロする私を見て笑

っている。

 で、左上からは娘がそこでいいんだよと声をかけてくる。でもどう考

えたって娘がもらってきたところは別のホステルが作製したマップ。隣

のホステルに宿泊している客にまで配っていると言う意味ではおおらか

だけど、一家族が二枚ももらうのはいくらなんでも気が引ける。すごす

ごとCabinasEddyの人に見送られながら自分のホステルに戻ってきた。

 そうこうしているうちにそろそろおなかもすいてきた。

 サンタエレナの中心部までは100メートルくらい。スーパーマーケ

ットからお土産店までそろった通りがある。

 観光で成り立っている町らしく、レストランもサンホセのような地元

の人用のお店と言うよりはちょっとしゃれたレストランかテイクアウト

してホテルで食べられるようにしてくれるお店が目に付く。そういえば

ホテルのオーナーがフロントで2歳の息子さんをひざに乗せてテイクア

ウトしたらしい昼食をとっていた。

 一往復してもどって、「MAR & TIERRA」というちゃんと

したレストランに入ることにした。「海と大地」なんていう店の名前も

気に入った。ビルの道に面した細い階段を上がって二階にそのお店はあ

った。二面が前面ガラス張りでとても明るい。お昼をちょっとすぎてい

たので他のお客も少ない。

 Ceviche Mixto ミックスセビチェ 

 Arroz con Pollo チキンチャーハン

 Sopa de Vegetales 野菜のスープ

 Sopa de Pollo     チキンスープ

 これはレシートを取って置いた。

 3人で4皿しか取らなかったけれど。正解。これまでの経験から一皿

の量が結構あるので一人で3皿も取ったら食べきれないのは目に見えて

いる。

 どの料理にも香菜が入っていて、子どもたちはそれが苦手だった。そ

れでも食べるには食べたけれど一番大量に食べたのは私。満腹!

 3人で約3000円。コスタリカの相場からすれば観光客用で高いか

もしれないけれど、3人でこれだけ満腹になって味も良かったので安く

食べられた気分。 
 
 私たちが昼食終えてホテルに戻ってきたら女性が大きな荷物を抱えて

階段を上がってきた。彼女は調理場で昼食を作っていた。

 (ここまで書いたら疲れたので、3月9日午後の続きはまた後日。)

 
posted by ほたる at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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