2008年02月04日

「原口鶴子の青春」

 おととい、JRで1時間程はなれた町まで出かけて見てきた。

 そもそも、原口鶴子さんがどういう人なのか全然知らなかった。1

886年群馬県生まれ、日本女子大卒業後、アメリカはコロンビア大

学留学、5年後ドクター取得、帰国後29才で病死。

 その彼女の短い一生を追ったドキュメンタリー映画。

 歴史に大きく名を残せなかったのは「若くして亡くなったことが致

命的」とは監督の言葉。

 こういう女性がいたということを広く知ってもらいたいという監督

さんの気持はわかるけれど、私には多くの女性にとって原口さんの履

歴は別世界の話にしか聞こえないだろうなあっていうのが映画を見な

がらの感想。大学院卒どころが大卒も高卒もごくごく一部のしかも特

権階級の女性しか得られなかったわけで、この映画を見た熟年世代は

「へ〜〜〜〜〜〜、トレビア!!!」くらいなものだろうし、若い世

代は(そういう世代はこの映画鑑賞会には姿はほとんどなかった)当

時の女子の進学状況をどこまで知っているのか知らないのかわからな

いけど、「アメリカ留学したことってそんなにすごいことなの?どこ

にでも留学している子はいるのに・・・」という程度かもしれない。

 ただ、すごいなあって感動するとしたら「やっぱり能力と生まれだ

ね」となるなら、逆効果になる。でも、彼女の話はやっぱりそうだ

よ。

 両親とも女子教育にも熱心だったらしいし、大きな商家だったから

金銭的には困らなかったと思われ、かつ繁盛した商家であればそれ相

当に冒険する気概もあったんだろうし、それに彼女の利発さもあった

わけでプラスの要素が溢れていたと充分に伝わってくる内容。とした

ら映画の隠れた意図はやっぱり「能力と生まれ」がこれほど作用する

んだよってことに思えてしまう・・・・。
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2008年02月02日

「終わりよければすべてよし」

 羽田澄子監督の最新作。末期がんや要介護の状態になった患者さん

の終末期医療を在宅で支えるための国内外の取り組みを紹介したドキ

ュメンタリー映画。とてもいい取り組みを紹介していたけれど、どこ

か身近に思えなかった。

 北欧の取り組みはまず財政的に税率の高さで支えられており、それ

を国民が了承し、政治を監視し積極的に働きかける国民性があっての

制度だとつくづく思った。なので日本にこのシステムを導入または似

たものを作っても高額な税負担を覚悟できる人も少なければ、政治へ

の視点のいい加減さをみてもとてもとても日本に持ってこられる状況

ではないと思った。

 この映画を見たのは1月30日。朝刊一面は開業医の診療報酬を下

げることを断念。医師会の反発が大きかったからと出ていた。こうな

んだもの。自分が損することは受け入れないんだから。そしてそれに

すぐ屈するのは医師会と政治が手を取り合っているから。これじゃこ

の国で抜本的な制度改革を望むのも虚しい。

 映画の話に戻って。

 日本国内での在宅医療の取り組みは「ライフケアシステム」と「医

療法人アスムス」が紹介されていた。

 ライフケアシステムは首都圏で会員を募って、会員になったお宅を

定期的に回診して患者の体調を把握し患者本人と家族の意向を尊重し

ながら終末期を支える医師を紹介していた。医師たちが訪問する家庭

も映し出されていた。映画で公開してもいいというお宅が限られてい

たのかもしれないけれど、まず首都圏でおうちがそこそこ広い・寝た

きりの老人のために一室が確保できている・老人の身なりもい

い・・・・・。つまり裕福さが伺えるわけ。

 そして老人を介護・看護しているのは、毎度おなじみ古紙回収・・

じゃなかった妻・娘。

 なるほどねえ、在宅で終末を迎えられるためにクリアするものがい

くつかあるんだなって教えられたわけ。それも古いタイプの家族が一

番よっていうのが何気なく伝わってくる。もちろん羽田監督はそれを

意図したわけじゃないけど、現実在宅看護を推し進めるには家族なし

では成り立たない。だれが担うの???となるとそこに男と女がいた

ら白羽の矢が立ちやすいのはいうまでもなく女。

 「あなたの希望は私の不幸」なんて笑えない。

 そのうえ「終わりよければすべてよし」っていったって、今や出産

ができない地域が増加。人生の最初が過酷っていうのも悲惨。「始ま

りは過酷でも終わりよければすべてよし」っていうのも笑えない。
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2008年01月28日

「白い馬の季節」

 モンゴル映画。

 以前見た「ココシリ」もモンゴル近くのココシリという無人地帯で

チベットカモシカの保護をボランティアでやっている人と密猟者との

戦いを描いていた。

 「白い馬の季節」は元遊牧民であった監督の手によるモンゴルの現

状を描いた作品。

 チベット高原の乾燥化が進んでいなかった10年ほど前までは海のよ

うに広がる草原で羊やヤギを放牧して生活していた遊牧民ウルゲン。

それが今や乾燥化で牧畜は次々と餓死し、子どもの学費も出せないほ

どに困窮する。親族に援助を頼んでも同じ境遇のため助けられないと

断られる。チンギスハーンの子孫としての誇りだけを支え生きていく

こともできない。

 残った老馬サーラルを町の商人に売るが、町のディスコショーで自

分の売った愛馬サーラルが女性の下着を頭にかぶせられて舞台に立っ

たのを見て、民族としての自負と自尊心から愛馬を救い出そうと暴れ

る。

 その場に居合わせたかつての同級生で今は画家として生活している

友人に助けられる。その友人が自分自身の今の姿を恥じ、ウルゲンに

遊牧民としての誇りを見出し、絵のモデルになってもらう。

 その絵が痛々しい。頭に血のにじむ包帯を巻き老馬にまたがった老

馬民族はどこか敗残兵のようで、まさしく遊牧民の今後を暗示してい

る。

 それにしても現実的な生活を望むのが女なら、昔の栄光にしがみつ

き没落していく姿を受け止められない男は酒に溺れ、妻に見捨てられ

そうになるっていうステレオタイプはちょっと・・・・なんだけれ

ど。

 そうそう、女が酒に溺れるのは男に振られたときという演歌の世界

も私としては受け入れがたいんだわ。

 「白い馬の季節」も評判のわりに私はあまり感動も余韻もなかった

のは、私がちょっとすねているからということですね。
posted by ほたる at 07:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月20日

新・あつい壁

 昨日は奇遇なこと二つにであった。

 あるイベントで映画のチラシ配布と販売もできるというのでお手伝

いに出かけた。そのイベントの最後は「新・あつい壁」の試写会もす

るからという魅力的なお話だったこともあったんだけれど・・・。

 私が売る映画は「新・あつい壁」のほうじゃなくて「スタンドアッ

プ」というアメリカ映画なので何の関係もないけれど。ま、「人権」

という点ではつながる。

 実はこの「新・あつい壁」という映画のことは知っていた。一年ほ

ど前に完成したこと、ごくごく一部の人しか知らない制作裏話も耳に

していた。見てみたい気持もあった。

 「新」ってあるってことは「旧」がある。そちらは「あつい壁」。

 私が友達と10年以上前に映画を何本か上映したことがある。その

なかで「やがて、春」「せんせい、あした晴れるかな」は中山節夫監

督の作品。その中山監督が監督としての第一作が「あつい壁」で38

年も前の作品。ハンセン病をテーマにしたもの。「あつい壁」は上映

しなったけれど、当時見てみたいと思った

 今回の「新」のほうもハンセン病を取り上げている。

 昨日チラシをおかせてもらったブースでは、その「新・あつい壁」

の3月本上映を予定しそのため試写会を企画した人たちとごいっしょ

させていただいた。幾たびかいろんなところでお顔を拝見したことの

ある方がちらほらといらっしゃる。

 すこしだけ裏話を持ち出してみた。あちらはその話を知らないで上

映はできないだろうから、当然ご存知でした。

 でも、あちらの方はと〜〜〜っても驚いていた。これまでこの映画

のことを話した中では誰もその裏話のことを知っている人はいなかっ

たんだって。ま、そんなことはどうでもいいけれど、逆にそういう裏

話を知っていただけにこの映画を試写と上映会を企画するにはずいぶ

んと勇気がいっただろうと、ねぎらったりして・・・。

 おまけに試写会の後は中山監督の短いけれども講演を予定している

というではないの。そんなことまでは知らなかったのでとっても嬉し

かった。

 っていうのも以前「せんせい、あした晴れるかな」の映画上映計画

のときにも中山監督のご自宅に電話をして講演のお願いをした。しか

し、次の作品のクランクインで余裕がないということで断られた。そ

のときは映画の原作となった本を書いた現役の小学校先生に来ていた

だき、それはそれでいいお話が伺えたのでよかったんだけれど、中山

監督には会い損ねたわけ。

 その彼が来るというので嬉しかった。

 中山監督がエレベーターを降りてき、主催者のメンバーと話をして

いた。主催者が私にも声をかけてくれて挨拶もできた。ちょっと私が

抱いていたイメージと違っていたけれど、それがまた魅力的だった。
 
 もう一つの奇遇な出会いは、昨夜帰宅して戴いたハンセン病の資料

の中に大学の法学部教授が書いた数ページの冊子に目を通していた。

最後のページにハンセン病を理解するには私たちが心の窓を開いて人

間性を取り戻さないといけないとし、元宮城教育大学の林竹二の授業

を紹介していた。 

 「林竹二」も実は10年前に彼の授業をドキュメンタリーで撮った

映画を上映した。懐かしい。
 
 10年以上前に上映した映画に関係することに昨日出会ってしまっ

た。
posted by ほたる at 14:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月09日

特別会員

 映画代も結構な金額になるので一般の映画館へはレディースデイ1

000円のときしか行かない。

 ミニシアターは特別会員になって年会費を払うと12枚の券がもれ

なくついてくるので、何年も特別会員を更新してきた。私が12枚の

券を余らせたことは一度も無い。それどころか足りない。券が無いと

きには会員価格で映画を観ている。
 
 で、新年度も早々と会員更新してその12枚の券を眺めていたら

「ご本人さま以外の方でもお使いいただけます」とある。

ひらめき閃いた。 

 どうして今までこれに気づかなかったんだろう。

 丁度同居人も一緒だったので猫なで声で「ねえねえ、特別会員にな

ってくれない?そうしたら12枚の券がもらえて一回あたり800円

で映画見られるんだけど・・」

 めでたく、同居人に会員になってもらって12枚の券を戴きまし

た。
posted by ほたる at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

ETV特集 愛と生を撮るー女性映画監督は今ー

 昨年某テレビ局で放送されたこの番組。すぐに見たけれど消すのは

もったいなくてずっとHDDに入れっぱなしだったのを、今日ダビン

グした。

 蜷川実花、西川美和、荻上直子、浜野佐知、河瀬直美の4人が登

場。

 インタビューした李ポンウさんは・・・・。ミスキャストとしか言

いようがない。李さんは最近台頭してきた新進の映画プロデューサー

だけれど、「古臭い男」の感性丸出しで見ていて恥ずかしかった。

 話を戻して個人的に各女性監督の作品をわたしは、

 蜷川実花の「さくらん」は見ていない。

 西川美和の「ゆれる」は見た。

 荻上直子は「バーバー吉野」「かもめ食堂」を見た。

      「めがね」は逃した。

 浜野佐知は「百合祭」を見た。

 河瀬直美は話題の「殯の森」は見なかった、意識的に。

      でも、6年前に「沙羅双樹」を見た。

 それぞれの映画に個性出ている。

 視覚的刺激なら蜷川実花さん。

 癒し系なら荻上直子さん。

 人間のどろどろした心情なら西川美和さん

 痛々しさなら河瀬直美さん。

 中でもタブーに挑戦している浜野佐知さんの作品が輝いている。 

 インタビューでも一番個性が炸裂しているのが浜野佐知さんだっ

た。

 テレビの題が「愛と生を撮る」とあったけれど彼女だけが登場して

いたら「生」は「性」の文字に置き換えたほうがいいと思ったくら

い。

 百合祭は夫に先立たれた年老いた女性たちの性を大胆かつ面白く

(決して馬鹿にしたり、茶化しているのではなく)スクリーンに映し

出していた。おまけは年老いた男の性もさりげなく描いていたから、

この映画、海外では男性からも評価されている。

 二年前の丁度今頃この映画を見、監督の話も聞いた。そのときも感

じたけれど彼女の個性が面白い。でも、今回のテレビではもっと面白

かった。よくもまあ、上品さを売り物にしているあのテレビ局が彼女

のとあるせりふをカットしなかったものだと、感心したくらい。

 え??なんて言ったかって?

 ん〜〜〜、上品で品行方正で知られている私がこんなこと書くと皆

にびっくりされちゃうかもしれないけれど・・・・言ったのは私じゃ

なくて浜野さん。

 「ババ○が元気にセ○クスしながら生きていく」

 あはははは・・・(汗)

 いやいや汗を流したのは当番組プロデューサーではないかと・・。
 
 映画監督になりたくて監督業の修行をしようにもどこも雇ってくれ

ない。唯一雇ってくれたのがピンク映画の制作会社。ピンク映画の中

の女性たちも差別的に描かれているしもちろん彼女もセクハラに合う

し散々だったらしい。

 でも「絶対に負けない」「絶対に引き下がらない」という彼女の言

葉にはエネルギーが溢れている。

 かっこいい!! 

 (そうそう、2月10日にあざれあで上映予定のシャーリーズ・セ

ロン主演の映画「スタンドアップ」も「絶対に負けない」「絶対に引

き下がらない」精神が溢れていた。

 この映画も二年前に見たけれどもう一度見たいと思ったくらいによ

かった。そういえば、このブログを始めた頃に見たんだった。ブログ

にも紹介した記憶がある。二月が待ち遠しい。)

 浜野さんはこれからもタブーに挑み続ける作品が期待できそうで注

目の女性監督。
posted by ほたる at 22:40| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4分間のピアニスト

 心に傷を持った80歳のピアノ教師クリューガー。美しいものに人

生をささげて生きてきた彼女が見出した才能は刑務所の中に囚われて

いた。その名はジェニー。

 もって生まれた才能を開かせるのがジェニーの義務で、美しいもの

に人生をかけてきた自分はそれを助けるために存在すると話すクリュ

ーガー。

 辛い過去を昇華する作業を何十年もかけてやってきた教師と未だに

過去のものになっていない傷をかかえて荒れ狂う心をコントロールで

きない生徒。低俗な音楽を切り捨て一切演奏をさせなかったクリュー

ガー。

 魂がぶつかり合いながらのレッスン。そして脱獄して(させて)最

後のピアノコンクール決勝戦に向かう二人。

 最後の演奏は圧巻。背負ってきた重圧につぶされ続けた魂がほとば

しる演奏。クラッシックだのジャズだのと、どちらが高尚でどちらが

低俗という価値で音楽を分けてきたことの愚かさが思い知らされる演

奏。

 この演奏のためにジェニーは人生をやり直せるかもしれないと思え

た最後のシーン。

 演奏を終え喝采を浴び、舞台上でお辞儀をする彼女は警官に手錠を

かけられながらも満面の笑みが・・・。 
 
 
posted by ほたる at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

呉清源

 「囲碁の神様」とも言われている呉清源の映画を見たのは、同居人

の父親が囲碁が大好きで彼から呉清源のことを聞いたことがあって記

憶に残っていた。囲碁の世界がどういうものかも映画を通して垣間見

えるかと期待していってみた。

 今も小田原でご健在の呉さんが最初少し出ていた。93歳とは思え

ないほどかくしゃくとしていた。

 映画では第二次世界大戦をはさんで20歳代から40歳代の彼の

姿。彼の周囲にいる師匠や兄弟子のかかわりがイマイチ見えないのは

こちらに予備知識がなかったから。おそらく瀬越さんとか小谷さんら

が呉さんとどういう関係にあるのかは周知のことで映画では描かれて

いた。

 私にとって印象強かったのは囲碁というよりも、彼が真実を求める

ためにのめりこんだ璽宇教という宗教とのかかわり。囲碁だけでは満

たされないものが彼を宗教にのめり込ませたのだろか?

  一つもよりどころのない人が宗教に救いを求めるならなんとなく

理解できそうだけれど、囲碁があってもなおかつ宗教にのめり込む彼

の姿がどうにも映画からは理解できなかった。

 監督は田壮壮で中国の人、呉清源を演じたのは「百年恋歌」でも主

演を演じたチャン・チェン。日本語が堪能でなかったためなのか呉清

源のせりふが少ないうえに話しても短い。どのシーンも尻切れトンボ

に感じられてしまった。そのせいで宗教と彼の生き様がなかなか重な

らなかった。公式サイトで予備知識を入れてからみたほうが良かった

かも・・・。

 それにしても晩年の穏やかな笑みをたたえたお姿と若き日の苦悩に

満ちた表情のギャップには元気をもらえた。

 カラオケ今がど〜〜んな〜〜に哀しくて

 なみ〜〜だ〜もか〜れ〜はてて〜〜 
 
 もう〜二度と笑顔にはなれそうにもないけど

 そんな〜〜時代も〜〜あ〜〜ったねと〜

 いつか〜話せる〜日が〜〜来るわ〜
カラオケ

 来年がどんな年になっても中島みゆきの「時代」を聴きながら「も

うちょっと生きてみるか!」って思える年の瀬を迎えたいと、まだ今

年が終わってもいないのに来年の年の瀬に思いを馳せるほたるでし

た。
posted by ほたる at 15:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月27日

オレの心は負けてない

 在日朝鮮人元従軍慰安婦の宋神道(ソン・シンド)さんのドキュメ

ントはとてもよかった。

 二年ほど前にこのドキュメントに取り組んでいる方がこの映画への

協力を訴えていろんな講演会に顔を出してアピールしていたときに出

会った。そのときに話してくれた宋さんのエピソードが忘れられな

い。

 撮影のために当時宋さんが従軍慰安婦として働かされていた中国を

彼女と他の日本人スタッフが訪れたときのこと。

 疲れた宋さんと彼女がホテルで休む間、下調べのため日本人男性ス

タッフは外出した。夕方になっても帰ってこない彼らを宋さんは案ず

るように「まだ帰ってこない」と繰り返す。女性は「大丈夫よ」と答

えるがしばらくするとまた「まだ帰ってこない」という。「大丈夫

よ。夕飯にはもどるはず」と返答することたびたび。そのうち外がす

っかり暗くなると宋さんは「また、日本人はオレを捨てた!!」と叫

んだという。

 彼女は慰安婦のまま中国で終戦を迎え、日本兵に「結婚して一緒に

日本で暮らそう」と誘われて日本に渡る。が日本兵は帰国するなり彼

女を放り出してどこかへ行ってしまう。その時の裏切られた体験がよ

みがえってきての言動だったと。

 16才でだまされて慰安婦にされ、異国で捨てられ、在日として日

本で暮らすが差別され誰にも助けられず、誰も信じることができない

まま50年。

 乱暴な言葉遣い、支援者をも疑いの目でみ、試すような言葉は彼女

の心の傷がなせる業。

 映画では朝日新聞の市川速水記者も彼女のその第一印象を述べてい

た。およそ被害者らしからぬ言動に振り回されたと。

(その市川記者、12月20日木曜日朝刊、選挙で韓国大統領が代わ

ると報じた一面に記事を署名で書いていた。なんだか奇遇。でも彼が

一貫して日韓の問題を追っていることが嬉しい。)

 宋さんは疑心暗鬼ながらも支援者に励まされながら訴訟を起こす。

支援者と話し、ナヌムの家で韓国在住元慰安婦と交流を重ね、日本国

内でも講演をし、彼女の体験を信じてくれる人たちに出会う中でハリ

ネズミのような鎧を脱ぎ、変わっていく様子に心が熱くなる。

 これといって哀しい場面はなかったけれど、ずっと涙が乾かなかっ

た。
 
 映画のあとは井筒和幸監督とこの映画を製作した梁澄子さんとのト

ークというおまけまでついてきた。

 井筒さんは「パッチギ2」の冒頭に済州島で若い少女たちが日本の

警察と韓国の役場職員とにだまされて連れて行かれるというシーンを

入れていた。この40秒のシーンのため梁さんや当時の済州島で教師

をしていた韓国の男性を訪ねて聞き取りをしたという縁があった。

 方や創作、方やドキュメントと手法は違っても両者の思いは同じ。

 静岡県ではまだ上映予定になってないんだわ。
posted by ほたる at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月26日

いのちの食べ方

 こういう映画があるとは知っていたけれど、見る予定にはしていな

かった。前の夜に「カルラのリスト」を上映した映画館でチラシがあ

った。上映館とタイムテーブルをみると同窓会までの時間にぴったり

だったので予定変更して見ることにした。

 題に「いのち」とあるのでもうすこし宗教っぽいというか食物連鎖

の最高位にいる人間はいろんな動植物のいのちを「戴いている」こと

を意識しながらたべましょう・・みたいな雰囲気があるのかと思って

いたら、そういうものを一切排除した映画だった。それが私向きとい

えば私向き。

 野菜や鳥、豚、牛などの畜産などが現代ではどうやって育てられ、

収穫、解体されているのかを淡々と追っている。

 体育館の何十倍もあるような温室で育つトマト。畝と畝の間にはレ

ールが通っている。防毒マスクをした人が畝の端でレールに農薬を散

布する機械を載せると、それは電動で畝の間をゆっくりと動いてスプ

リンクラーのように農薬を噴霧する。戻ってきた機械をまた次の畝に

セットして動かす。農薬散布の近くに人がいなくてよい様にしている

けれど、防毒マスクをきっちりしている。私の近所の茶農家は屋外だ

からだろうけれど背中に農薬のタンクを背負って自分の手で噴霧して

いた。口はただタオルが覆っているだけ。空気中で拡散されるから、

温室内とは事情が違うかもしれないけれど、それでも一般の人にも農

薬は拡散されて広まる。危険は危険。

 そうして収穫後枯れたトマトの片付けに驚いた。まず根元をカット

するけれど倒れない。そのまま立っている。一畝カットが済むと端か

らカーテンのようにトマトの苗をざ〜〜〜っと寄せていく。トマトの

上はカーテンレールのようにぶら下げられていたというわけ。なんと

も合理的。

 ひよこもベルトコンベアの上を乗せられてかごに入れられるがピッ

チングマシーンのように勢いよく放り出される、次から次へと。

 そして体育館のような建造物内の地面で育ったら(一面ぎっしりに

わとり)機械が近づいてきても身動きできず、あっという間に回転す

るブラシに巻き込まれてかごの中へと入っていく。人間は鶏を追った

りしない。解体作業も徹底して機械処理。豚も牛も。

 鮭もベルトコンベアに乗せられ腹側を上にして流れてくる。そこを

機械が腹を裂き、内臓を吸引し、水洗いするながれはまるで機械のほ

うが生き物みたいに共同作業している。

 ここまで徹底管理された食べ物を食べているのかと思うと、逆にい

のちを戴いているとは思えなくなる。

 食べ物も工業製品と同じレベルで捉える人がいるけれど、こんな現

場を見たらそう思うのもやむをえないかもしれない。

 このドキュメント、一切ナレーションなし、効果音なし。ただただ

現場の作業の音だけ。工場のひよこの喧騒、機械の動く音、摘み取る

音、解体時の倒れる音、臓物の流れ出る音。

 でも、こんな食べ物を食べることができる人って地球上の何割なん

だろう?
posted by ほたる at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月25日

食の未来

 東京で見てきた映画二本目がこれ。

 字幕でなく日本語吹き替えだったけれど、ドキュメントだから気に

ならない。字幕を追っていたのでは専門用語が多く思考停止になって

しまう。インタビューも長いため、字幕で簡略化されたのではもっと

判りにくくなる。そのため日本語吹き替えでの上映。

 遺伝子組み換え技術を持った企業が食べ物を独占して自社に都合の

いい製品としての野菜を農家に提供して儲けようとする姿を追ったド

キュメント。

 遺伝子組み換えをしたジャガイモの葉を食べた芋虫が死んだという

研究をした大学教員がその後、研究費を出してもらえなくなり、遺伝

子組み換え食品の危険性の研究を続行できなくなったという記事を読

んだけれど、この作品にも似た立場になった研究者のインタビューが

あった。裏には圧力をかけるモンサントなどの企業の影もちらつく。

 金で利益を確保し邪魔する人も金でつぶす。訴訟になったら詭弁を

弄し、当然政治に金が流れているから裁判でも自社に有利な判決を出

してもらえる。なんともいやはや、暗い気分の話。

 偽装で振り回されたけれど、豆腐や納豆にある「遺伝子組み換え大

豆を使用していません」という表示だって問題。「使用してません」

って言われたら知らない人は一個の遺伝子大豆も使ってないと理解す

る。でもこの表示、5%未満の使用なら「遺伝子組み換え大豆を使用

していません」って表示しても構わない。その上、油、醤油などの食

品や家畜飼料には表示義務がない。

 規制もゆるけりゃ、商人のモラルも落ちちゃって・・・・。多国籍

企業の手法と比べればずいぶんをかわいいところでおろおろしている

日本って滑稽かもしれない。 
posted by ほたる at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月24日

「カルラのリスト」

 国連検察官に任命され、ボスニアヘルツェゴビナの紛争でジェノサ

イドを行った人物を捕まえる任務を遂行しているカルラ・デ・ポンテ

の姿を追ったドキュメント。直接戦争犯罪者を追っかけるのが仕事で

はなく、その国においては英雄になっている人物を差し出すようにそ

の国に圧力をかけるのが任務。

 スイスが提供してくれた軍用機を使って世界を飛び回る。

 国連安全保障理事会では、戦争犯罪者はたとえ一国内で英雄であろ

うとも犯罪者に変わりはないと各国に理解を得るために意見を述べ

る。長年にわたって犯人を捕まえないセルビアは口先だけで「協力す

る」言っても行動していないと厳しく追及する。

 やはりどんな我がままいっぱいの国でもそれなりに重みのあるアメ

リカの国務省や国防省にまで出向く。趣旨説明してボスニアやクロア

チアに圧力をかけるために協力要請をする。なんとも骨の折れる仕

事。

 彼女に期待するのは民族浄化で男性の家族を虐殺された女性たち。

どこまでも続く墓穴と墓標。棺おけで泣き崩れた女性たち。慰霊の式

典にもカルラは任務を完遂で来ていない現状では遺族に顔向けできな

いと欠席する。

 そして彼女の任期は2007年9月で切れた。リストにはまだ6人

の写真が残っている。
posted by ほたる at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

マイティ・ハート

 二週間ほど前に見た映画で感動的でも何でもなかったから、うきう

きしてここに書く気にならなかったんだけれど、映画を見ているとき

に違和感を感じたことを昨夜ふっと思い出した。

 なんでこんなにタイムラグがあるかというと、面白くない映画だけ

でその日は終わったんだけれど、昨日あることがきっかけでその違和

感を思い出したわけ。

 映画はアメリカのジャーナリストがパキスタンで誘拐された実話を

もとにした作品。妻もまたジャーナリストで妊娠6ヶ月。夫の解放に

向けて関係機関と連携しながら救出に努力するが、それもむなしく夫

は殺害される。

 誘拐したのはイスラム過激派、誘拐されたジャーナリストはユダヤ

教。で違和感を感じたのは夫の無事を祈り、不安を落ち着かせるため

に妻が自分の部屋で正座(していたと思う)して

 チ〜〜ン、「ナン○ョウホウレ○・・・・・」

????????????????????????????

 この違和感を昨日ふっと思い出したわけ。昨夜マイティハートのチ

ラシを詳細に見たらこの映画の原作が日本でも翻訳・出版されてい

た。その出版社ってその宗教系列の出版社だった。

 な〜〜〜んだ。面白くないだけでなく(面白くない映画も数見てり

ゃ遭遇する経験もないわけじゃない)見る価値なしの映画に1000

円払っちゃったわけよ、情けない。
posted by ほたる at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

「サルバドールの朝」

 今年の映画の収穫はスペイン映画開眼ってところかもしれない。

以前見た「パンズ・ラビリンス」も良かったし、先日見た「サルバド

ールの朝」もまたよかった。

 1970年代まだ独裁政権が残っていたスペイン。独裁による弾圧

に対して国民は様々な組織を作って政権に抵抗をしていた。若いサル

バドール・プッチ・アンもまた仲間と銀行強盗で得たお金を活動資金

にしていたが、あるとき警察のおとり捜査によりもみ合う中発砲して

警官を死なせてしまう。警官の銃痕にはサルバドールが発した銃弾以

外もあるのではないかという疑義がありながらも、裁判は一方的にサ

ルバドールに死刑判決を下す。彼を救おうと動く弁護士、仲間たち、

そして家族。恩赦も期待して動くのだけれど、他の組織によるテロ行

為が起こりサルバドールの恩赦は遠のく。そして執行当日を迎える。

 当時のスペインでの死刑執行は鉄の輪を首にかけ後ろからぎりぎり

と締め上げるというもの。

 その器具を作製し執行時絞めたのは思いもしない人物だったことが

衝撃。それをほのめかすようなことはちらしにも新聞映画評にもなか

った。人の心をここまで破壊するような何があったのかを想像するだ

けでも身の毛がよだつ。 執行人を見たときのサルバドールのせりふ

「最悪だね」。

 実話に基づいており遺族は未だに名誉回復のための裁判を続けてい

るというけれど、じゃ、あの死刑執行の描写も事実だったの?

 なんて残酷な。でも「パンズラビリンス」も残酷だったしなあ。

 そう思いながらもスペイン映画は面白いって言っているんだから、

わたしは。

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2007年12月09日

ククーシュカ

 第二次世界大戦中、敵対していたロシア兵とフィンランド兵士が出

会う。どうやらスカンジナビア半島の最北ラップランド。夏でもどこ

となく寂寥感の漂う地域でであった二人はサーミという少数民族の女

性とともに奇妙な暮らしを始める。でもロシア語、フィンランド語、

サーミ語で互いに自分の言いたいことを言い、相手の意味不明の言葉

を勝手に解釈して返事をするものだから、字幕を読んでいるとかみ合

わない会話が可笑しい。

 「ククーシュカ」という題で副題が「ラップランドの妖精」とある

ものだからてっきりククーシュカとはラップランドの妖精という意味

だと思っていたら、違った。

 ロシア兵がフィンランド兵に対してまくし立てる言葉の最後に「ク

クーシュカ」と聞こえた。字幕は「臆病者」なるほど・・。

 臆病者だったのはどっちだったのか?こういう言葉が使われること

そのものが戦争の滑稽さ。反戦映画とはいえ不思議な空間が漂ってい

たのはラップランドの風景とサーミの女性の率直さといろんなものを

受け入れながらも自分の生活を淡々と続けるなかに戦争の愚かさもあ

ぶりだしていた。

 8ヶ月前に隣の市の映画愛好家の人たちが上映会をしたこの映画。

都合をつけられなかったの参加できなかったんだけれど、チラシは頂

いていた。その下の隅のほうに「ククーシュカはロシア語で鳥のカッ

コーのこと。カッコーには狙撃兵という意味があるが、もう一つの意

味は・・・・、映画の中で語られる」という文章に今気がついた。

 いくつか訪問させていただいたこの映画関連のブログにはククーシ

ュカの意味はなかったけど、ちゃんと見ている人は自前のチラシにち

ゃんと記載してました。
posted by ほたる at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

間宮兄弟

 男の二人兄弟が東京で同居してそれぞれが仕事を持っている。


兄の仕事はビールの商品開発。弟は学校の用務員で趣味がTAMIY

Aの模型作成。ビールも模型も静岡に工場があったり静岡の企業。新

幹線風景もどうやら静岡。(そんなことはどうでもいいことなんだろ

うけど)

 この二人、仲が良いというより良すぎる。仕事は好きだし自信を持

ってやっているようだけれど、決して残業なんかで私生活をおろそか

にしない。

 じゃんけんをしてチ・ヨ・コ・レ・イ・トとかパ・イ・ナ・ツ・

プ・ルといって競うゲーム。私も子どものときやりました。でもおと

なになってしたのは子どもと遊ぶときくらいだったが、間宮兄弟は

堂々と街中でやる。角を曲がったり、離れたら携帯でじゃんけんをし

ながら続行するんだから、恐れ入る。

 夜はふたりでゲームをしたり、一緒にレンタル店で選んだっていう

か偶然同じものに手が伸びて選んだDVDを仲良く見る。就寝前には

一日の反省までして、くっつけたお布団でそれぞれ寝る。

 兄弟間で確執を体験したことのある人がこの映画を見れば、信じら

れない世界だろうし、ジェンダーに捕らわれている人なら「姉妹なら

ありえても男同士の兄弟でこれはキモイ」と言いそうな気がした。

 離れて住む祖父母と母親の家にも休暇には一緒に帰るが、祖父母か

らおこづかいをもらう。(ついでに母も祖父母からもらっていた)

 一族が仲良い。

 母の誕生日には母を招いてボウリングをし、レストランで食事を

し、新幹線ホームまで送る。

 そんな二人だけれどストーリーのメインは弟が兄のために彼女にな

ってくれそうな女性(みんな彼氏がいることが後で判明するけれど、

彼女たちがだましたわけでもなんでもない。下調べがきっちりしてな

かっただけ。でもそういうところが間宮兄弟の人の良さの現れともい

える)を家に招いてカレーパーティをしたり、浴衣の会を企画する。

でも、とにかく兄弟ともどもお行儀がいい。ちょっと失礼な表現だけ

れど人畜無害とはこのことかと・・・。

 外の人たちは下心があったり、だましたり、街中でも傍若無人に振

舞ったりするので彼らにとっては顔をしかめる人ばかり。いきおい、

身内の絆が固くなる。

 かくして最後も二人して楽しくDVDを見るシーンで映画が終わ

る。

 癒し系とは一味違う「純粋培養」の映画でした。
  
posted by ほたる at 14:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月26日

もう一度「サラエボの花」

 朝は急いでいたので公式サイトでの確認を怠っていた。先ほど公式

サイトにアクセスして劇場情報をみてみたら、な・な・なんとご当地

の映画館でも春に公開予定となっていた。

 祈っていたかいがあった。よって東京で見てくるという話はなくな

りましたが、ミニ同窓会はそのまんま。

 んじゃ、他の映画を探してみようっと!
posted by ほたる at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サラエボの花 天声人語

 一週間ほど前の新聞夕刊だと思うけれど岩波ホールで12月から上

映予定の映画の広告の写真を見て手が震えた。女性の首を抱えて抱き

ついている少女のワンシーン。

 映画「グルヴァビィッツァ」だ! でも広告の映画の題名『サラエ

ボの花』となっている。で昨年2月の新聞の映画の記事を引っ張り出

してきた。やはり同じ写真。ベルリン映画祭で最高の賞・金熊賞を得

た作品。どうやら原題を変更しての上映らしい。

 当時新聞の記事を読むやいなや「見たい!」と思ったので切り抜い

ておいた。以後思い出すたび「日本のどこかでやってくれないかな

あ」と祈っていた。

 どうやら願いの第一段階がかなった。第二段階、次は静岡でやって

くれないかなあと数日前から祈り出したところ。今度映画館に行った

らリクエストしてこようと算段していた。

 そうしたら夕べ高校時代の友人との話で12月に上京することに半

決まり。ミニ同窓会は夜なので昼間に岩波ホールに行ける!

 今日の朝刊、天声人語。オシム監督で始まった文にこの映画も紹介

されていた。

 前売り券を入手しなくっちゃ!
posted by ほたる at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月18日

ミリキタニの猫

 ニューヨークの路上で木箱の上に模造紙を広げ一心不乱に絵を描い

ているホームレス画家。9.11のテロが起こり町が騒然としている

なか我関せずとペンを走らせる手を休めない三力谷(ミリキタニ)。

ワールドトレードセンター倒壊による粉塵を吸って咳き込む彼を自宅

に連れて行ったのがこの映画監督リンダ・ハッテンドーフ。

 彼女が彼の履歴を追い市民権の存在を確認し、福祉サービスを受け

られるようにしようと勧めても頑として受け入れようとしない。

 市民権は自ら捨てたとまで言う彼は両親とも日本人だけれどカリフ

ォルニア生まれ。第二次世界大戦が勃発するとアメリカ政府によって

日系人として強制収用所に入れられる。これを不当として彼は市民権

を捨て、老後、職を失ってからは路上生活をしながら絵を描き続けた

のだという。

 不当な仕打ちに対して言葉でなく行動でアメリカを拒否して、路上

で生きる。故郷の広島に帰りたいが、ここアメリカで猫の絵を描くこ

との深い意味が徐々に明らかにされていく。

 そして猫だけでなく収容所の絵も何枚も描いていたが、その収容所

を再訪する。収容施設もなくなりただの砂漠に戻った風景に身を置

き、デッサンをする。彼のなかで一つのことが終わる。

 映画の封切り前に来日し広島原爆の日に故郷広島訪問した彼はかつ

てホームレスとしてうなだれて歩いていた人と同一人物とは思えない

ほど輝いていた。 
posted by ほたる at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月12日

題名のない子守唄

 イタリア映画。

 監督はわたしが大好きな「ニューシネマパラダイス(完全版)」を

作ったジュゼッペ・トルナトーレ監督。

 仮面をかぶった下着姿の女性が品定めされるシーンから始まる。い

ったい何のための人選びなのか不明のままシーンが変わる。
 
 どこからかやってきた女性イレーナが町の様子を仔細に観察し住む

アパートを決め、自分の部屋の窓からお向かいの建物をそっと伺う。

そして向かいの建物に住むある家族の家政婦として働き出す。その家

の4歳の子どもに特別な気持をもって関わろうとする。

 ときおり挟み込まれる映像。おそらくイレーナの脳裏に浮かび上が

るフラッシュバック。すさまじい様子はわかるのだけれど、もうちょ

っとというところで場面が変わってしまう。

 そして、身を何かから隠すように生活するイレーナの傍に忌まわし

い過去を思い出させる男の影が・・・。

 「最後は映画を見てない人には明かさないように」というテロップ

が流れたけれど、それほどのどんでん返しとも思えなかった。

 ニューシネマパラダイスのようなぐいぐい引き込ませる共感があま

り沸かなかったのは新聞の紙面広告で「母の愛」なんてあったからか

なあ。

 でも、二つのキーワードが最近見たほかの映画とつなげてくれた。

 「子守唄」と「見守る」

 この映画の題に使われている「子守唄」。「パンズラビリンス」で

はオフィリアが心を通わせた小間使いの女性が歌った哀切感極まる子

守唄が印象に残った。

 でも「題名のない子守唄」のほうでは子守唄はぜんぜん記憶に残ら

なかった。子守唄なんてあったかなあと考えないとシーンが浮かばな

い。

 「キサラギ」との共通点が「見守る」。「キサラギ」では父が子を

見守り、「題名のない子守唄」は母が子を見守る。
 
 この3本の映画、なんだか母性だの父性だのとある面物議をかもし

そうなエッセンスが加えられている。(パンズラビリンスには他にも

あった)これを言い出したらまたうるさいわたしなので、ここでは深

入りしない。
 
 さてさて、この映画に中で誰が言ったか、「真実は主観の中にあ

る」というのは名言でした。

 信じて人とかかわれば、信じたことが事実でなくても真実になる。

事実は違うと言われても、「信じて作り上げた関係」は偽物ではない

と、最後のシーンが語っていた。
posted by ほたる at 15:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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