2007年11月11日

刑場に消ゆ  点訳死刑囚二宮邦彦の罪と罰     矢貫隆

 死刑判決から執行までの十数年に渡って点訳した書籍1500冊。

とりつかれたように点訳に没頭し、昭和48年に命を終えた二宮邦彦

の生涯を追いかけたドキュメンタリー作品。

 彼に関わった記者・点字書籍を所蔵している図書館の館長・宗教関

係者・ボランティア・文通相手・拘置所で一緒だった免田栄さんらを

訪ね歩いて、点訳に没頭していった二宮さんの心の軌跡を追いかけた

作品。

 死刑執行が今から34年も前。当時の関係者も高齢化していながら

も、当時の関係した方々丹念に聞き取りをしているだけでなく、エッ

セイ・手紙など残っていたものから二宮像を丁寧にあぶりだしてい

た。

 ところが、終章まじかで二度水を浴びせられた。一度目はぬるま

湯、二度目は氷水。

 一つは当時の控訴審での弁護士への取材。国選弁護士は彼の事件を

覚えていないの一点張りで、控訴趣意書も争う気がないのは明らかな

内容。果たして一審判決の死刑が妥当な量刑だったかどうか争えるの

に全くやる気なしにも思える控訴趣意書。弁護士に熱意があるか有能

なら死刑判決は覆せたかもしれないとの思いがよぎった。

 もう一つはある死刑囚と獄中結婚した女性が出版した書籍の存在。

 彼女が獄中結婚した相手は書籍では仮名。でも、書籍で引用された

判決文は二宮さんのもの。手紙の書き方が二宮さんの癖と同じ。

 でいながら矢貫さんの取材では二宮さんが獄中結婚したとは誰も証

言していない。また、人格がずいぶん違っていることや点訳書籍数の

疑問もある。矢貫さんはこの女性がペンネームであるため、取材の依

頼を出版社を通すものの、女性から取材拒否される。

 もしかすればこの女性の書籍が虚構で作られているのかもしれな

い。もしかすれば二宮さんが別の人格を演じていたのかもしれない。

 読みながら組み立ててきた二宮さんの虚像がここにきて一気にばら

ばらされた気分。

 死刑囚の生き様の話ではなかった。

 「人」は関わる人たちによって幾重にも「どんな人」なのかを創造

される。「人」は他人に合わせてアイデンティティを変えることもで

きる。

 「わたしって誰?」・・最後の最後にこんなところに連れて行かれ

てしまった書籍でした。
posted by ほたる at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んでみたら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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