2009年10月13日

「ハチはなぜ大量死したのか」

 何度も図書館から借りては来るものの忙しくしていて結局読まないま

ま返却を数回繰り返していた。先週の講演会を終え、一段落ついたので

ようやく手にして読み始めた。その段階でもう一つの読めない理由にも

気がついた。

 表紙のハチの写真。昆虫は子どものころよく採集していたので触るの

も平気だけれど、この本の写真はハチの頭部の写真が大きく引き伸ばさ

れていて、さすがのわたしも怖気づいてしまった。これがこれまでの借

りてきても忙しさを理由に読まないままにしていた一因だと気がつい

た。

 なのでコピー用紙でカバーを作って覆って読み始めた。

 レイチェル・カーソンン「沈黙の春」に匹敵する内容だったといえば

大袈裟?
  
 巣箱からハチが忽然と消えてしまう。蜜を取りに出たまま帰らぬハ

チ。

 当初はダニによるものだと思われ、次にハチが蜜を集めている果樹に

散布された農薬が疑われ、携帯の電磁波が疑われるがいずれもハチに決

定的なダメージを与えているという結論に至らない。

 一つ一つの原因と思われるものを取り上げてハチの大量死の理由を探

す過程は推理小説を読んでいるかのように引き込まれる。

 そうしてこれという決定的な真犯人は上がらない。

 しかし、むしろというべきかもしれないけれど、現代の私たちの生き

方、価値観を根底から覆させる方向へと話は続く。

 ハチにつくダニや菌・ウィルスを殺すための薬、働かすためハチに与

えるコーンシロップ、休むまもなく働かせ、広いアメリカ大陸を花を求

めてトラックで移動。どこかの国の働き蜂とあだ名さるサラリーマン。

笑えないジョークでしかない。

 農業だけでなく生命は効率、反自然、計画どおり、単一という工業的

な価値観に全くなじまない。工業と同じように野菜も果樹も昆虫もそし

て人間も育てようとしたり動かそうと無理を重ねることの不合理さ。そ

れらはあたかもそうすることが合理的であるかのように見えても結果、

不合理でしかない。

 「今まで頼っていたものが壊れそうになると、私たちは本能的にそれ

を直し、てこ入れをして存続させようとする。・・・・・・もっと肥料

を撒こう。もっと化学薬品を与えて寄生虫や病気と闘おう。・・・・。

だが、もうこれ以上何かを足すのは止める時期にきているのかもしれな

い。」と著者ジェイコブセンは書く。

 複合汚染、有吉佐和子さんの名著まで思い出した。

 半世紀たっても相変わらず・・・どころがますます生きにくい環境に

なっているということ?

 先日聞いた農水省の役人の講演会を思い出した。
posted by ほたる at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んでみたら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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