2009年08月21日

橋の上の「殺意」 鎌田慧著

 副題「畠山鈴香はどう裁かれたか」

 と、畠山鈴香といえば秋田の地方都市の新興団地で9歳の女の子と6

歳の男の子が一ヶ月ほどのあいだに行方不明、遺体発見、殺人事件とな

った。そして被疑者は女の子の母親だったという、あの事件。
 
 裁判の過程で畠山鈴香は幼い頃から父親から身体的暴力をうけ、母親

が殴られるのを見ながら育った。中学・高校とも表立っては見えないよ

うないじめに遭い、クラス内でも存在感のなかった生徒だった・・・

と、彼女の半生を追いながら、公判を通じて警察・検察の取調べの過程

を丁寧に追っていた。
 
 著者が取材の中でお世話になった地元作家の名前を文中に発見して驚

いた。その名は簾内敬司さん。

 畠山鈴香が両親と住んでいた二ツ井町在住の作家であり、彼女が卒業

した高校の向かいに住んでいる。事件当時はマスコミが高校にまで押し

寄せ、傍若無人な振る舞いをしたことを覚えている。

 滅多に本を買わない私(もっぱら図書館を愛用している)だけれど彼

の本を二冊も持っている。

 手ですくった山の清流の水が指の間から漏れていくような切なさがあ

ふれている文体が、推理小説のような殺伐とした本ばかり読んでいた私

には強烈な印象が残った。どこか暗い内容だったけれど、心の痛みを数

少ない言葉で表現していたのが忘れられない。

 簾内さんの本を本棚から抜き出して表紙を開くと新聞の切抜きが落ち

た。2001年の朝日新聞「人」の欄だった。記事は、別の作品がエ

ッセイストクラブ賞を受けたというものだった。

 改めて、記事を読んで複雑な気持ちになった。

 2001年に50歳の彼の写真。ほとんど白髪で額には深いしわが刻

まれている。50歳とは思えない。

 その苦悩の始まりは1985年に妻と4歳と1歳の男児を失ってい

る。妻による子ども殺人と妻の自殺によって。(日本的に言うならば

〈心中〉らしいけれど)

 彼は、事件後数日で髪は真っ白になったという。

 その彼が今回の畠山鈴香の起こした事件、いや彼女のことをどう思っ

たのだろうかと気になり始めた。

 かつて妻と子を失った自分と、他人の子どもを殺しわが子をどうやっ

て死なせたか言い表せない被告の姿を重ねたりはしなかったのだろう

か?

 記事は「どうしても書かねばならないことが、まだある」とくくられ

ている。
posted by ほたる at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んでみたら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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